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Ⅱ 雅
雅と玲の出会いは高一の時だった。入学して二か月も経った頃、玲は校舎裏で三人組の男たちに囲まれた。彼らは三年生で体格もよく、囲まれると玲の細身な体は周囲からは見えなくなる。
「玲ちゃん、いつになったらこいつの気持ち、わかってくれんの?」
(人の気持ちなんて、百年経ってもわかるわけねえだろ!)
玲は居並ぶ三人の男に向かって叫びたいのを、必死で堪えていた。
そこそこ整った顔立ちの男が以前、玲が好きだと告白してきた。何かの罰ゲームかと思って無視していたら、告白は何度も続く。もしや本気だったのかと驚いて、真面目に断った。誰とも付き合う気がないと言うと、なぜかこうしてお供つきで囲まれている。
告白して来た本人は、一歩下がったまま目を伏せて、苦り切った顔をしていた。盛り上がったお友達に連れてこられたパターンだろうか。
玲は今まで共学校に通っていたが、告白される相手は男子ばかりだった。顔立ちが可愛らしく色も白いので、女子たちからは恋愛対象にならず、友達扱いのまま。進学先が男子校なので嫌な予感はしたが、入学してすぐに現実になるなんて思わなかった。
「先輩、俺、早く帰らなきゃいけないんです」
「ふうん、そんなに何をやることがあるの?」
お供の一人が馬鹿にしきった口調で呟く。
(ああもう、本当に嫌だ。金があって何もしなくても上に行けるような奴らに、いちいち家の事情を話すのか!)
「夕飯作るのは、毎日俺の当番なんですよ。もうすぐ試験もあるから順位落とせないし」
「えっらーあい! 毎日ご飯作ってんの? お母さん、らっくらくだねえ!」
げらげら笑うもう一人のお供に、玲の頭の中でぷつんと何かが切れた。玲は一歩踏み出して、母親のことを口に出した男のネクタイをぐっと掴む。首を締め上げながら、顔を近づける。
「……残念ながら、楽できるような母親はあの世に行ったんで」
「え?」
しん、と空気が止まった。
「先輩たちに言う必要もないと思ってたけど、うちは全然余裕ないんですよ。親は二人とも事故で死んだし、奨学金をもらえなきゃここ辞めなきゃならないから。……変に構うの、やめてもらえますか?」
ぐ……ぐっ、と目の前の男が苦し気な声を上げる。手足をばたつかせるので、玲は力を入れて地面に放り投げた。当人は体を丸めて、げほげほと咳き込んでいる。
「お、おい……」
「まだ用があるの? 機嫌悪い時の俺はさ、態度も口も悪いから構わないほうがいいよ」
玲は自分でも驚くほど気が立っていた。はっきりと文句を言ったのがいけなかったのだろう。いきなり肩を掴まれて、最初に声をかけてきた男に、校舎の壁に押し付けられる。
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