Ⅱ 雅

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「何すん……!」 「可愛い顔してると思ってれば、いい気になりやがって!」 「おい、やめろ!」 「止めんな! お前だって、こいつに振られ続けて腹が立つだろ!」  手で口を塞がれた瞬間に、玲はその手に噛みついた。叫び声が上がって、口の中に血の味が広がる。驚いて相手の力が緩んだ瞬間に、思いっきり股間を蹴りつける。もんどりうって転がった男が横になって呻いた。 「ふざけんな、お前!」  玲にネクタイを締め付けられた奴が掴みかかってきた。頭を縮めて額に迷わず頭突きをくらわせると、呻き声がして相手が一歩下がった。その時だった。 「せんせー! こっちです! 喧嘩です! 早く」  大声が響いた途端に、三年の男たちの顔色が変わる。 「おい、まずい!」  玲に振り向きもせず、三年生たちは走っていく。思わず力が抜けた玲は、校舎の壁に背を当てたまま、ずるずるとしゃがみこんだ。 「……ほんと、まずい」 (上級生と喧嘩なんかしたのがばれたら、奨学金はどうなるんだろう)  急に心配になって、玲の目にじわりと涙が浮かぶ。この高校に来たのは世話好きな中学の担任が、お前の成績なら入れると強く勧めてきたからだった。優秀な成績を修めれば、大学卒業まで返済不要の奨学金がもらえる。多少、学校の広告には使われるだろうが、お前の可愛い顔ならぴったりだと、熱弁を振るっていた。  私立の金持ち学校だと聞いて、一般家庭の自分は大丈夫かと思ったけれど、勉強は嫌じゃなかったからすぐに飛びついた。兄の慶は玲を必ず進学させると言って脇目もふらずに働いている。そんな兄を少しでも楽にしたかった。 (兄さんに心配をかけたくない……)  ごしごしと目を擦っていると、目の前に一人の男が立った。 「……ねえ、大丈夫?」  顔を上げると、涼し気な、びっくりするほど美しい顔があった。どこかで……と思ってまじまじ見つめていると、面白そうに笑われた。 「俺たち、同じクラスなんだよ。周りのこと何にも見てないんだね、高槻玲くん。ああ、さっきのは嘘。先生なんか来ないよ」  にっこりと微笑んだ顔に、玲は見惚れた。あんなに堂々と、大声で嘘をつくやつを初めて見た。  
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