Ⅱ 雅

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 自分なりに本や動画を見て筋トレに励んだけれど、なかなか成果は上がらなかった。自分に出来るのは家事と必死に頑張っている勉強だけだ。そう思うと、途端に何もかもがみすぼらしく思えてくる。 (……俺も、カフェで雅と話してみたい)  そう思った時だった。急に体がふらついた。まるで軽い貧血のように、目の前が揺れる。思わずしゃがみこんで眩暈が収まるのを待つと、三センチほどの花が二つ、ぽとりと足元に落ちていた。 「あー、もう、またか」  玲は、指先で花をそっと摘まみ上げ、机の上に持っていく。机の上はきちんと整頓され、角に蓋つきの菓子箱があった。玲が蓋を開けると、そこには同じような大きさの花が綺麗に並んでいる。玲は二つの花をそこに入れ、小さくため息をついた。花の数は、全部で二十になるだろうか。  花が現れるようになったのは、二年に進学してからだ。  始業式の日に掲示板で自分の名前を見た後、すぐに一つの名前を探した。教室の扉を開けて、一際賑わっている輪の中心に彼がいるのを確認した時は、舞い上がりそうになるほど嬉しかった。  その晩は自室の机で勉強しながら、雅と同じクラスになれたことを思い出して胸が熱くなった。左胸を抑えていると目の端に色を捉え、何かが音もなく机の上に転がる。 (……なに?)  玲は左手の甲を凝視した。何の痛みもなく、皮膚に変化はない。窓は開いていないし、部屋に花を飾る趣味もない。震えながら花を手に取ると、三センチ位で青紫の凛とした花だった。 (これ、見たことがある)  驚いたのと同時に、美しい花に惹きつけられた。花の名を検索したら『桔梗』とあった。秋の七草の一つで有名な花だと。花に詳しくない玲も、よその家の庭先に咲いているのを見たことがある。  真っ直ぐに伸びて清廉な花の佇まいは、まるで雅のようだと思った。いつまでも見ていたいが、ひとまず小さなガラスのコップに入れて、机の片隅に飾った。不思議なことに、花は枯れもせずに同じ姿を保ち続けた。あの日からもうじき半年。まさか、花がこんなに増えるなんて思いもしなかった。  三年に絡まれた時から、雅は玲に何かと声をかけてくれるようになった。雅の周りにはいつも人がいるから、特にその中に入ろうなんて思わない。近くで見ていられたら、それだけでいい。 (……そう思っていたのに)  新聞の見出しが頭に浮かび、続けて白い花と共に倒れた同級生の姿が蘇る。  ――花現病。  原因がわからず、やがては死に至る病。  箱の中で枯れもせずに咲き誇る花を見て、ぞくり、と背が震えた。
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