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Ⅲ 片恋
季節は秋に移ろうとしていた。
「高槻、お願いだ! 手伝ってくれ」
玲が昼休みにクラス委員の明石に頼み込まれたのは、一月後のバーベキュー大会の手伝いだった。この学校は行事が幾つもあるが、その中でも人気の高いイベントがある。
「うちの学校さ、いざ料理となると全くダメな奴ばっかりなんだよ。お前、毎日料理してるだろ」
「バーベキューって、そんなに難しいことあるかな……」
玲は首を傾げた。昨年参加した時も、特に手の込んだものは出ていなかったと思う。でも、ここは金持ち学校で、家にお手伝いさんがいるなんて話もよく聞く。そんな学校では、自分で料理をするほうが珍しいのかもしれない。
「高槻、いいか。この学校の奴らが思い描くバーベキューってのはな、椅子に座って皿を渡されるところから始まるんだ。このままじゃ、俺は不安で当日が迎えられない」
明石の真剣な顔を見て、なるほどと思う。明石は玲と同じく公立からの高校編入組だ。幼稚園からエスカレーター式に進学する者が多いこの学校では、珍しい方に入る。
玲と同じく奨学金で進学を希望しているが、誰もなりたがらないクラス委員を引き受けるような懐が深い男だった。学校ではろくに友達付き合いをしない玲も、明石とはよく話す。
「うん、いいよ。俺でいいなら。うちは俺がちびの頃から休みにはよくキャンプに出かけてたからさ。バーベキューは、一通り仕込まれてる」
「やった! 本当に助かる!」
(クラス委員の手伝いぐらいなら、俺にも出来るだろう)
手際のいい明石に渡された日程表を見ながら、玲は説明を受けた。材料は潤沢に手配され、会場も学校の広大な敷地内に確保されている。確かにあとは人手だけだった。
「バーベキューの準備なんて、子どもの頃以来だ。前日から親の手伝いするの、結構楽しかったんだよな」
「お前みたいな奴ばっかりだったら、俺の心配もなくなるってもんだよ……」
玲が思わず笑うと、よほど人出不足だったのだろう。明石も嬉しそうに笑って、ありがとう、と礼を言った。うん、こちらこそ楽しみだと返せば、頬が赤くなっている。LINE教えてと言われたので、互いにスマホを出した。明石から送られてきたのは犬のスタンプで、玲は思わず微笑んだ。
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