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男視点
目の前にはコールドスリープから出されたばかりの幼なじみが眠っている。
安らかな眠りだ。
呼吸も心拍も平常値。
だが目覚めない。
俺はこの幼なじみからコールドスリープの直前、告白された。
ずっと好きだったこと、そして、目が覚めたら付き合おうという話だった。
次に目覚めるのがいつかは分からない。
そんなことお互い分かっていた。彼も分かっている上で俺にそう告白したのだろう。
そして、いつ目覚められるのかなんて分からないのだから、俺が告白を承諾するなんて思いもしなかったのだろう。
俺は幼なじみからの告白に頷いた。
彼は一瞬目を見開き、そして潤んだ目で微笑んでみせた。
そして、俺を抱き寄せてこう言った。
「目、覚めたらさ、……キス、してくんね」
驚いて彼の顔を見ると顔を真っ赤にしていた。
そんな顔しているところ、ほとんど見たことがないものだからおかしくて笑ってしまう。
「なんだよ、真面目に言ってんのに…」
ふてくされてしまった彼の頬に軽くキスを落とす。
「ふ、目が覚めたら、口にしてあげるね」
ぼんっ、と漫画なら効果音が書かれてしまいそうなほど一気に顔を真っ赤にし頷いた。
「……じゃあ、行ってくる」
「ん。行ってらっしゃい」
コールドスリープに向かう背中をしばらく見つめた後、その背中に叫んだ。
「おかえりって言わせてな!」
くるっと振り向き笑顔を見せてくれる。
そんな彼がたまらなく愛おしく、手放したくなかった。
彼がコールドスリープすることになった経緯は、今の医療では治らない病気が見つかったからだった。
治療薬ができ、
完治できると言われるようになり、
コールドスリープから幼なじみを目覚めさせることが決まって、
それが行われた日から一週間が経過した。
眠っている間に薬を入れ、病気もほぼ完治したと言われていた。
だが、
幼なじみはまだ目覚めない。
気持ちよさそうに眠る顔にぽつりと言葉を落とす。
「"いつものとこ"、行こう…」
そんな俺を見て、彼の妹が尋ねる。
「"いつものとこ"って?」
「あぁ、あそこの広場」
病室の窓から見える街で一番でかい広場を指さす。
「いつも2人で、あの広場のでかい木のとこで喋ってたんだよね」
「そうなんだ」
「またそれがしたい…」
だから早く目覚めてくれ。どうしてまだ…。
医者は何も問題は無いと言っているのに。
「おう……」
本当に小さな声で彼がそう声を出した。
はっ、とし心拍数を見ると値が上がっている。
「"遥"!!聞こえるか!?」
あぁ、久しぶりに名前を呼んだ。遥の名前を声に出してしまうと、会いたくて堪らない気持ちを抑えられないような気がしてずっと呼んでいなかった。
「お兄ちゃん…?!」
彼の妹もベッドに駆け寄り、ナースコールを押す。
ただまたどんどん心拍数の値が落ちていく。
どうしよう。どうしたら目覚めてくれるんだ。やめてくれ。神様。これ以上の時間、俺から遥を奪わないでくれ。
「行くな!!!」
何故この言葉を叫んだのか分からない。
ただ、遥がどこかに行ってしまいそうで。
どこかに行ってしまったらもう戻ってこない気がして。
そう叫んだ。
すると、ぱち、と目が開き、虚ろな目をした遥と目が合う。
あぁ、帰ってきた。
安心と嬉しさのあまり視界が歪む。
こぼれないよう必死に耐え、笑顔をつくって言葉を絞り出した。
「おかえり」
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