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半年後には沼は消失したというけれども、螢はあれ以来一度も、社の奥域には足を踏み入れていない。またあの時の衝撃が蘇るのではと思うと、身体がすくんでしまうからだ。
(怖じ気づくな。取り返すんだ、たたらを)
前をにらんで、薄明るい森の道を行く。ざわざわ鳴るこずえの音。湿気った土のにおい。変わっていない、あの日と、なにも。すべてが静まりかえっている。
ゆるい足取りはだんだんと早くなり、いつしか駆け足になっていく。転がるようにして坂を下りきり、生け垣を出るとあの葦原にたどりついた。
「たたら……っ、どこ?」
螢はぜいぜいと息をきらしながら、ほの明るい原にむかって叫んだ。
「わたしよ、螢よ。いるんでしょ、お願い、返事してよぉっ」
――いるよ。
するとはたして、ざざと葦が鳴って、か細い声がわずかに漏れ聞こえた。
――いるよ。螢、こっちだ。
「たたら……なの?」
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