7. 巡り合って、じわり

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7. 巡り合って、じわり

 思わぬ展開に固まる絢子だったが、それは匠一も同じだった。  自社のCMキャラクターとして起用している芸能人なのだから、社長である匠一と雪浩には面識があるだろう。だが彼が発した言葉は完全な予想外だったようで、ただ金魚のように口をぱくぱく動かしている。驚愕の台詞は声にすらならないようだ。 「桜城社長、これを見て頂けますか?」  想定外の人物の登場で思考が乱れている隙をつき、玲良がさり気なく匠一に近づいて、絢子の手首から彼の手を外す。しかしただ引き剥がしただけではまた暴れるかもしれない、と考えたらしい。玲良は空いた匠一の手に一枚の紙切れを握らせることで、彼の注意を絢子から逸らすよう誘導した。  ただし己の主張を捻じ込むことは忘れない。怜悧な思考と的確な判断力を併せ持つ玲良は、最速で目標を達成するためなら一切の手を抜かない性分だ。 「これは……?」 「DNA鑑定の結果報告書です。ただし桜城社長のご息女である燈子さんが行った『私的遺伝型鑑定』とは異なる、『法的遺伝子型鑑定』のものですが」  玲良が匠一に手渡した報告書は、一週間ほど前に専門のスタッフがこのホテルを訪れ、絢子から同意を得たうえで直接検体を採取して行ったDNA鑑定の結果を記したものだった。絢子自身もきっともうすぐ結果を伝えられると思っていたが、まさかこのタイミングで。  否、タイミング以上に――
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