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手術してから十日目のこと。
ICUの看護師から、母が目覚めたという連絡が入った。
俺は逸る気持ちをどうにか抑え、やりかけの仕事を後輩に引き継いでから、大学病院へと向かった。そして、ちょうど面会のために来ていた父と合流する。
「母さん、意識戻ったって…」
「そうみたいだな…俺も今、ちょっと前に聞いたところだ…」
母の意識が戻ったことに対する安心と、後遺症がないかという不安とが入り交じった複雑な気持ちで、胸が苦しい。
父と共にICUの母の所に案内されると、開眼した母がベッドにもたれながらも上体を起こしていた。人工呼吸器が外れた代わりに、チューブで鼻に酸素が送られているらしい。それも含め、相変わらず点滴などのチューブ類はアチコチにつながってはいたが、心なしか少し顔の浮腫みが取れたように感じた。
『母さん…』
父と俺は示し合わせたかのように声が揃った。
母は虚ろな表情のまま、視線を俺らの方へと向けた。すると、母は俺たちを認識して目を見開いた。そして、何か言いたげに口をパクパクと動かした。
「母さん、良かった…」
「良かった…良かった…母さん…」
俺たちは母の近くに寄って、手を取った。
そしてその手を握ると、しっかりと握り返してくれる。
「おとうさん……じゅん…」
音が抜けるようなカサカサの小さな声で、母は俺たちの名前を呼んだ。
俺は人目をはばからずグズグズ泣いた。父も、肩を揺らして泣いていた。
母は、そんな俺たちの顔を交互に見て「良かった…」と力なく微笑んだ。
それから、母は俺の顔をじっと見つめて
「じゅん……おかえり…」
と、言った。
"おかえり"はこっちのセリフだよ…
俺は心の中でツッコミを入れつつ応えた。
「ただいま」
つい先刻、意識を取り戻したばかりとは思えないほど、母は穏やかに優しく笑った。
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