おかえり

5/14
前へ
/14ページ
次へ
 母がどこに運ばれるかが決まるまで、俺は身動きが取れなかった。  一分一秒が長く感じる。  スマホを握りしめて、無意識に足をゆすった。  あ…親父に連絡しなきゃ…  そう思ってスマホの電話帳を開いた。  だが、通話ボタンを押すことを躊躇(ためら)って指が動かない。  父は仕事人間だった。  俺のことは全て母に任せていたくせに、何か問題を起こしたり成績が落ちると、いつも母を罵っていた。子供の目から見ても、父は理不尽な人間だった。  俺はそんな父が大嫌いだった。早く自立して足枷を外したかったのに、結局、就活が上手くいかずに父のコネを利用することになってしまった。  だから五年前にヘッドハンティングされた時は、俺にとって最大のチャンスだった。自由の翼を手に入れた気がしたのだ。  だから父から猛反対された時、俺は「俺の人生なんだから、好きにさせてくれ」「あんたの機嫌取りはうんざりなんだよ」と啖呵を切り、転職を決めた。  父とはそれきりだ。    母が今日、俺に会いに来ていることは知っているだろう。  俺が「親父には会いたくない」と言ったから、母が出て来ることになったのだ。  そのせいでこんなことになってしまって…  なんて言ったら…
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加