さげちん

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 赤羽三郎は自分自身の平凡さについてだれよりも熟知していた。自らを公平な目で俯瞰することができず、過剰な自意識に溺れているような盲人と較べれば、はるかに秀でた特徴といえたが、それゆえに、社会的立場の高いものの前に出ると、極度に萎縮してしまうこともしばしばあった。相手の年齢が自分より下であればなおさらである。  店の対角に位置する席で、男ばかりの団体客が騒いでいた。そのうちの数人が、顔を近づけあってなにごとか囁いている。緊張する赤羽とは対照的に、楚南は落ち着いていた。視線には慣れているのだろう。時間をかけてジンジャーエールを飲み干し、料理を平らげた。赤羽を見て、いった。 「行こう、サブさん」  3LDKの部屋は、微妙に花の匂いがした。精神集中のために香を焚いているのだという。ふつうの男から聞かされれば笑ってしまうところだが、赤羽は素直に感心した。精神云々よりも、芳香を恥じてわざわざ釈明する楚南の羞恥心が好ましかった。  案内されたリビングには、テーブルからソファ、観葉植物にいたるまでが計算しつくされた配置におさまっていた。生活感はないが、ゆったりと寛げる。高級なだけではこうはいかない。厳選し、まめに手を入れられた部屋だった。  しかし、赤羽は落ち着かなかった。大きなソファの隅に座り、視線を置く場所を探して目を泳がせる。 「なにか飲む?」 「うん」 「酒?」 「いや……そうだな」  車を運転するため、レストランでは楚南はアルコールを口にしなかった。楚南とちがい、赤羽はそれほど強いわけではないが、付きあいたかった。 「じゃ、もうすこし飲むかな」 「オッケー」  楚南は嬉しそうにいって、キッチンに向かった。ワインを大事そうに持って、もどってくる。  グラスに注いで、乾杯した。得意でない赤だが、口あたりがよく、飲みやすかった。  赤羽の隣に腰をおろしながら、楚南が手元のリモコンを操作する。大画面の液晶テレビは、スポーツニュースを映し出していた。海外のサッカー・チームの試合のダイジェストがはじまると、楚南の表情が引き締まった。赤羽の存在を忘れているかのように、テレビ画面に集中している。おかげで頬杖をついた横顔を存分に観察することができた。  欧米人のように彫りが深く、意志の強そうな顔立ち。実際、その若さに似合わない行動力を持つ男だった。流行のかたちに揃えた髭に覆われた顎。そこから鎖骨にかけて真っ直ぐに伸びた線に、猛々しさと淡さが浮き出ている。一見細身のようだが、至近距離で見るとあきらかにふつうの社会人とは異なる厚い筋肉に覆われた体は、日に焼けて褐色になっていた。 「なに」  突然、楚南が眼球だけで振り向き、赤羽は我に返った。 「いや」 「ぼうっとしてた」 「だって、見てもわからない」 「教えてあげるよ」  ついあからさまにつまらなさそうな顔をしてしまったが、楚南は怒るどころか、楽しげだった。 「今、この選手が蹴ったボールがはずれただろ。そいでキーパーが……ゴールキーパーって、知ってる?」 「いくらなんでも、そのぐらい」  心外とばかりににらむと、楚南はますます楽しそうに笑った。ゲームの展開を追いながら、わかりやすい言葉で解説する。 「あ、はいった」  ボールが白い網のなかに吸い込まれていくのを見て、思わず声が出る。楚南は首を振った。 「笛だよ。オフサイド。でも、今のはちがうよな。審判が悪い」  オフサイドの意味を尋ねたかったが、楚南が真剣な顔で独白しているのを邪魔する気にはなれなかった。サッカーの話をしているとき、彼の顔はふつうの青年のものでなくなる。  CMを挟み、ニュースの内容が海外から国内へと変わった。楚南が手を伸ばすよりも先に、リモコンを取り上げる。 「チャンネルは変えさせないぞ」 「ちょっと、勘弁してよ」  顔をしかめながら、まんざらでもなさそうだった。9試合ぶりのゴールである。無理もない。  芝上を駈けるユニフォームの鮮やかな青を、赤羽はどこか非現実的な気持ちで見る。  機械ごしの楚南は、滴り落ちる汗を拭いもせず、鬼気迫る表情で必死にボールを追いかけている。ボールを持っていないときでもカメラが彼を追い、ゴールシーンでは実況アナウンサーが狂人めいた大声で名前を叫んだ。 「テンション、高いな」  アナウンサーのことか、歓喜する自分の映像についてか、判然としない。楚南はわざとらしく体を伸ばした。 「かっこいいよな」 「えっ」  伸びをした体勢のまま、楚南が固まった。アナウンサーのことでないということは、わざわざ説明するまでもない。 「かっこいい」  いいながら、照れた。ほかのチームの話題に切り替わったテレビから視線をはずし、ワインを含む。  楚南は嬉々とした表情だった。ソファのうえに膝をつき、体ごと赤羽のほうを向く。 「顔が赤いよ。酔っ払った?」 「酔っ払った」  ごく自然な動きで、楚南の腕が赤羽の肩にまわされる。ブルガリにすこし混じる汗の匂いに、赤羽はますます赤くなった。  唇がかすかに震え、あわさった。濡れた舌が滑りこんできて、赤羽の口腔をさぐる。  年齢は下だが、経験では赤羽をはるかに上回るだろう楚南のキスは巧みだった。頭蓋骨が鈍く痛むような快感に酔った。  いつの間にか体が密着していた。楚南の長い指が、シャツの裾を持ち上げる。外気の冷たさに、赤羽は我に返った。顔を背けて避ける。 「だめ?」  楚南の声は低いが、うわずっていた。申し訳なさそうに上目遣いで見ると、慌てたような笑顔をつくった。 「わかったよ」 「ごめん」 「謝らなくていいって。べつに、焦ってないし、おれ」  軽い口調は、赤羽をたまらない気分にさせた。もう一度短く謝る赤羽を、楚南はこわれものを扱うような手つきで抱いた。 「好きだよ、サブさん」 「おれも」  これ以上ないほどに幸福なふたりである。しかし、それもいまだけだった。  心の奥に巣食う不安から逃げるように、赤羽は楚南の体臭を深く吸い込んだ。  半ば強引に楚南の体を押し退けて、赤羽は後ろを向いた。はだけた胸元をかきあわせて、肩で息をする。  唸るような声とともに、楚南はあぐらをかいた。 「今日、ちょっと体調悪くて」 「この前もそういってなかった?」  赤羽が黙ってしまうと、楚南は慌てて溜息を飲みこんだ。背後から薄く密着する。赤羽はぎくりと体を強張らせたが、拒まなかった。 「おれのこと、嫌い?」  首を振る。無理に振り向かせようとはせず、楚南は呟くようにいった。 「じゃあ、恐い?」 「はじめてじゃないから」  無意識のうちによけいなことを口ばしっていたが、止まらなかった。 「それが問題なんだ」 「どういう意味?」  聞き返されてはじめてしまったと思ったが、いいわけが浮かばなかった。楚南は困惑した様子で赤羽の顔を覗きこんだ。 「嫌な思い出でもあるの。たとえば、その……乱暴なこととか」  答えられなかった。赤羽の沈黙をどう解釈したのか、楚南は子供にいい聞かせるようにゆっくりといった。 「べつにやりたいだけとか、興味本位とか、そういうんじゃないよ」 「わかってる。でも、おまえのためだから」 「おれのためって?」  赤羽の背中から体を離し、楚南は床に両手をついた。あきらめたように首をすぼめる。 「サブさんさ、おれになんか隠してるよね」  大きな目が、赤羽をとらえる。 「年下だし、男の経験ないし、おれなんか、全然頼りにならないかもしれないけど、でも、いってほしいよ。おれ、馬鹿だから、いってくれないと、わかんねえもん」  子供じみた口調だったが、真っ直ぐだった。このうえなく、真っ直ぐな言葉だった。赤羽は罪悪感に胸を詰まらせた。付きあうようになって、半年がたつ。もっとべつの言葉を予想していた。自制すべきだったのに、できず、楚南を好きになったのは、彼が日本を代表するエースストライカーだからではない。こういうことが、本心からいえるからだった。  カーペットを膝で擦って、赤羽は体の向きを変えた。あぐらをかいた楚南の膝に触れる。脈絡のない赤羽の行動に、楚南は戸惑った顔を見せた。  顔を伏せ、膝頭を掌で包んだ。厚いデニム生地ごしでも、その硬さがはっきりわかる。膝頭はだれでもそれなりに張っているものだが、楚南は抽んでている。触れられて拒絶したのも忘れ、もっと触ってみたいと思った。  滑らせた手が腿にさしかかったところで、楚南が動いた。強い力で手をつかまれ、赤羽は我に返った。視線が絡んだ。 「やめろよ」  感情が殺された静かな声だった。ため息とともに、楚南はいった。 「おれ、サブさんがわかんねえよ」  赤羽はうなだれて帰っていった。終電の時刻はとっくに過ぎていたが、止めなかった。  赤羽がわからない。男同士の関係がどういうものかを知らない楚南は、あらゆる苦難を予想したうえで、それを受け止める覚悟もできていた。しかし、相手を理解するという性別以前の問題で、これほど苦悩することになるとは思っていなかった。  カーペットのうえに直接寝転ぶ。自分にはやはり、男と付きあうことなど、はじめから無理だったのかもしれない。  やりきれない気持ちで、寝返りをうった。象牙色のぶ厚いファイルが視界にはいった。おそらく、赤羽が忘れていったものだろう。神経質な赤羽にしては珍しく、蓋がしっかり閉じられていなかった。なにげなく手に取ると、中身が一気に雪崩落ちた。  書類や資料の類に混じって、文庫本が一冊、挟み込まれていた。カバーがかかっているのがなんとなく気になり、ページをめくって、楚南は眉を寄せた。舌打ちをして、本を閉じた。  事務所兼自宅である千歳烏山の部屋に楚南が訪ねてくるのははじめてだった。まめに掃除をしてはいるが、彼の高級マンションに較べればはるかに質素な部屋を見られるのは憚られたが、断りきれなかった。 「急にきてごめんね」  慌てる赤羽に、楚南は大きな体をせいいっぱい縮めて謝った。昨日の今日である。きまりが悪いのは赤羽もおなじだった。 「いいよ。あの……あがる?」 「ここでいいよ。練習があるから」  玄関口に突っ立ったまま、楚南はわざとらしく咳き込んだ。 「これ」  手に提げていた紙袋を差し出す。なかには赤羽が忘れていったファイルがはいっていた。 「仕事、困ると思って」 「わざわざ届けてくれなくてもよかったのに」  可愛げのないことをいって、後悔する。すぐに付け足す。 「でも、ありがとう」  楚南は嬉しそうにはにかんだ。無邪気な表情は年相応に見えた。 「それと」  楚南がジャンパーのポケットから取り出した長方形。彼の所属するチームの公式戦のチケットだった。 「今週末で、ちょっと急なんだけど、暇だったら、観にきてよ」 「いいのか?」  チケットを手に取り、楚南の顔と見比べる。 「とるの、たいへんだったんじゃない?」 「いや、おれ、いちおう、選手だしさ」 「あ、そうか」  つい真顔でいってしまい、赤羽は赤面した。楚南が噴き出す。 「それに、教則本なんかで勉強するより、生のほうがわかりやすいと思うから」  赤羽はさらに顔を赤くした。照れ隠しにいった。 「サッカーしてるとこ、見られたくないのかと思ってた」 「うん、ぶっちゃけ、恥ずかしいよ」  楚南は子供のように肩を竦め、いった。 「でも、やっぱり、見てほしい。サブさんに、おれのプレイ」  涙が出るほど嬉しかった。それを伝えるかわりに、赤羽は思い切り楚南に抱きついた。  ラークの箱は、残り1本だった。空になった箱を忌々しげに握りつぶして、尾身は煙草に火をつけた。  5対1。試合は一方的な展開だった。5点のうちの3点が、エースストライカーである楚南滋之のゴール。これで日本人としては得点ランキング単独トップである。高校時代から注目されていた選手ではあったが、短期間のうちにここまで成長するとは、予想の範疇を越えていた。  びっしりと詰まったノートを眺め、来月号の記事について考えをめぐらせていると、目の前を見知った顔が通り過ぎた。 「サブちゃん」  声をかけると、赤羽はまるで悪戯を見咎められた少年のような顔をした。 「尾身さん。どうも、ご無沙汰してます」 「去年の忘年会以来だよね。元気してるの」 「ええ、まあ」  赤羽の首に提げられたパスを目ざとく見つけ、口の端に手を持っていく。 「取材?」 「じゃないんですけど、ちょっとなりゆきで」 「へえ。スポーツ系、興味ないと思ってたけど」 「おなじ分野でずっとやっていける保障はありませんから」 「まあ、確かに、今はせちがらいからね。でも、あんましおれの仕事とらないでよ」 「また、そんな。サッカーの人気は衰えないでしょう」 「流行るのはいいけど、にわかファンばっかでね。こ難しい論評だけじゃ、やってけないのが実状よ。そろそろゴシップでもやるかね、おれも」 「ぼくだってにわかですから、肩身狭いですけどね」 「サブちゃんの場合は、仕事じゃん」  赤羽は曖昧に笑った。彼氏を見にきたというのでは、にわかファンよりもさらに始末が悪い。 「ところで、この試合のチケットはどこで取ってもらったの?」 「え?」 「選手にしろ関係者にしろ、知り合い多いからさ。だれかなあって思って」  尾身の口調はいたって軽く、疑惑など持っていないのはあきらかだったが、赤羽は動揺した。 「ええとですね……」 「おれですよ」  助け舟は思いがけないところからあらわれた。マッサージを受け、シャワーを浴びて、フィールドの戦士からスタイリッシュな若者に変身した楚南が、にっこりと微笑んで立っていた。 「赤羽さんにはいつもお世話になってますんで」  新聞社の忘年会で楚南と赤羽を引き合わせたのは尾身だった。意外そうに眉を上げる。 「きみら、あれから連絡取りあってたのね。水臭いなあ。おれにも声かけてくれよ」 「すみません。こんど、またみんなで飲みいきましょう」 「おお、いいねえ」 「連絡しますよ。じゃあ、赤羽さん、行きましょう」 「うん」  赤羽は尾身に目礼し、大股の楚南を追いかけた。  尾身はふたりの後姿をじっと眺めていたが、やがて思いついたようにひとり頷くと、短くなった煙草をその場に棄て、踏み潰した。 「あんま好きじゃねえなあ、あのひと」  尾身と別れ、駐車場にはいると、楚南は顔をしかめた。思わず苦笑いしてしまう。尾身の敵はいくらでもいるが、楚南ほど巧みにあしらうことができる者は多くない。 「おまえはなんでもうまいね」 「そんなことない。サッカーぐらいだよ、おれになんとかできんのは」  アルファロメオの助手席に体を落ち着けると、試合の興奮が甦ってきた。 「うん、すごいよ、おまえのサッカー」 「ほんと?」 「ハットトリックっていうんだろ」 「よく知ってるね」 「隣の席のおじさんがいってた」  受け売りのわりに得意げにいった。 「みんないってたよ、楚南はすごいやつだって」 「どう思った、それ聞いて」 「嬉しかった」  ステアリングに肘をひっかけて身を乗り出した楚南が、赤羽の唇を素早く奪う。 「尾身さんとあんまり仲良くしゃべんないでよ。おれ、けっこう嫉妬深い男なんだから」  楚南の言葉は、ほかの人間の評価とは比較にならないほど赤羽を幸福にする。試合の余韻に熱を持った体に、赤羽は自分から身を寄せていった。  目を開けた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。新宿駅から乗った電車は、下高井戸にさしかかろうとしていた。乗り過ごしてしまっては面倒だ。眠気がこないようにと、中吊りの文字を追いはじめる。サッカー雑誌の広告で真剣な表情をしている楚南の顔は、仕事に終われ疲れ果てた赤羽を誇らしげな気持ちになった。  隣に座った中年の会社員が読んでいる週刊誌のページに目が向いたのは、ほとんど偶然だった。派手なキャプションとモノクロの写真が視界に飛び込んできて、赤羽は愕然とした。 「サブさん?」  回線が繋がったとたん、張り詰めた声が聞こえてきた。すでに楚南も事態を把握している。 「楚南……おれは知らない、おれは」 「わかってる。落ち着いて」  狼狽して意味不明のことを口ばしる赤羽を、楚南が小声で宥める。 「落ち着いてるけど……」  テーブルのうえに広げた週刊誌のページを見つめた。モノクロの紙面には、車のなかで体を寄せあうサッカー選手と、目を黒く潰された男。唇同士が接着しているようにも見える。友人同士がふざけているだけだと釈明するのは難しかった。 「大スターって感じだな」  楚南は間延びした調子でいったが、声には緊張があった。チームやスポンサーからなにかいわれたのかもしれない。赤羽の胸は曇った。 「楚南……」 「別れるなんていうなよ。しばらく会わないなんてのもなし」  先回りをして、楚南がいう。 「あんな奴のせいで、なんでおれらが離れなきゃいけないの」  黙るしかなかった。モノクロ写真や派手なリードに見え隠れする微妙な特徴には、赤羽も気づいていた。  こ難しい論評だけじゃやってけないのが現状よ。そろそろゴシップでもやるかね、おれも。 「今更どうにもならないけど、だからって、そのままにしとくんじゃ気が済まねえよな。落とし前はつけさせる」 「やめろよ、楚南」  嫌悪感を露にして、赤羽はいった。携帯電話を圧しつけた耳に熱がこもる。 「そんな言葉つかうなよ。おまえはサッカー選手で、やくざじゃないだろ」 「でも……」 「おれがやる」 「え?」 「落とし前。おれがつけさせる」 「なにいってんの、サブさん」  回線の向こう側で、楚南が唖然とする。頓着せずに、受話器を耳から離した。 「サブさん!」  かすかに漏れ出てくる声を無視して、電話を切る。ついでに電源も落とした。「落とし前」のことについて、楚南は知るべきでないし、知ってほしくない。  両肘をテーブルにつき、掌で顔を覆う。指の隙間から目を光らせる。もう何度も見つめた写真。怒りと羞恥で全身が震えた。  平凡なフリーライターならいい。そもそも、それならおもしろおかしく書き立てられることはなかっただろう。しかし、楚南はふつうの若者ではない。日の丸を背に闘う選ばれた戦士である。その彼を陥れる。ゆるされていいはずがない。  目を閉じ、開けた。覚悟は決まっていた。  赤羽の訪問にも、尾身は驚かなかったが、予想とはちがっていたとばかりに眉を上げた。 「関係者がくると思っていたんだ、楚南の」 「おれでは問題ありますか」 「いや、むしろ、ありがたいよ」  皮肉を吐いておきながら、尾身は友好的ともいえる態度で赤羽を迎え入れ、媚びるような笑顔で茶菓子までふるまった。 「ほんと申し訳ない。いちおうね、サブちゃんは一般人だし、黒入れといたからさ。周りには気づかれてないでしょ」  口だけで謝りながら、尾身は軽薄な口調でまくしたてる。 「戸惑ってると思うけど、芸能関係じゃ、珍しくもなんともないよ。楚南はタレントじゃないけど、注目されてるプレイヤーだからね。ルックスもいいし」  赤羽は黙っていた。対照的に、尾身は口の周囲の髭を唾液で湿らせて、ひたすらにしゃべりつづける。その饒舌さが、かえって彼の怯え、気の弱さを証明していた。 「ちょっと我慢してりゃ、すぐみんな忘れてくれるよ。それに、おれはなにも、でっちあげの記事を書いたわけじゃない。だろ?」  ティーカップの一点を見つめていた赤羽は、はじめて顔を上げた。尾身の唇の端が卑屈に歪む。赤羽はゆっくりと紅茶を口に含んだ。おなじような緩やかな動きでカップを置く。 「意外でしたか」 「は?」 「おれたちのこと、意外でしたか」  ふだんなら、迎合の笑みを浮かべているのは赤羽のほうである。尾身に非があるにしても、彼に謝る気はないのは明らかだった。赤羽の冷静な態度は、尾身の警戒心を尖らせた。注意深く観察しながら、頷く。 「そりゃあ、楚南がそっちだったのにはびっくりしたさ」 「楚南はちがうんです。“そっち”はおれだけで」 「あ、そう……」 「意外ですよね」  尾身から視線をはずして、赤羽は薄く笑った。 「なんで楚南がおれなんかにって、そんな顔してますよ」 「いや、おれはべつに……ひとの好みはそれぞれだからな」  尾身がひきつった笑みを浮かべる。赤羽はこんどはやわらかくいった。 「そんなにこわがらないでくださいよ。お礼参りにきたわけじゃないんですから」 「じゃあなにしにきた」  尾身が敵対心の混じった目で赤羽をにらむ。機嫌をとろうとする様子は消え、完全に居直っていた。 「確かめてみたくはないですか」  尾身の眉間に皺が寄る。紅茶をもう一口、旨そうに啜って、赤羽は舌先をはみ出させた。 「おれがどうやって楚南を落としたか、どこがそこまで気に入られたか、知りたくはありませんか」  赤羽の顔を凝視する尾身の顔に、好奇が浮かんだ。職業柄、穿鑿せずにはいられないたちなのだ。しかし、赤羽の手が腕に触れると、さっと体を引いた。 「なにをいい出すかと思ったら。冗談じゃないぜ」  ぎこちない笑みを浮かべる尾身を無視して、赤羽は立ち上がった。着たままだったジャケットを脱ぐ。尾身は余裕の表情で首を振った。 「こんなことをしても、なんの仕返しにもならないぞ。おれみたいな一般人の性的趣味にはだれも興味を持たないし、色仕掛けをされても、訂正文を載せる気はない」 「いいから服を着ろ。おれはおまえらとはちがうんだ」  尾身はあからさまに顔をしかめたが、目のなかの好奇心を消すことはできなかった。 「おれには欲情しないと?」 「あたりまえだろう」 「楚南もはじめはそうでしたよ」  赤羽は挑発的にいった。 「考えてもみてくださいよ。あの楚南が女にもてないはずがないでしょう。なのに、今じゃおれしか受けつけない。どういうことかわかりますか」  ニットシャツを脱ぎ、見せつけるように尾身の膝に落とす。 「わかりたいとは思いませんか?」  目の前のストリップティーズを嫌悪の表情で眺めていた尾身が、嘲笑を浮かべた。投げ遣りに頭をかく。 「なるほどな。たしかに、刺激的だ」  だらしなく伸びた髭を撫でながら、赤羽を見上げる。 「おまえのことを誤解していたよ。とんだ淫乱だな」  テーブルを跨いで、尾身が近づいてくる。赤羽の胸を突き、ソファに仰向けにさせ、のしかかった。 「男には興味ないけどな、あの楚南がはまった体なら、話はべつだ」  荒い息が胸元を掠め、全身を鳥肌が覆う。不快極まりなかったが、赤羽は耐えた。診察するように体をまさぐる尾身の頭を見下ろしながら、そっとほくそ笑む。仕事熱心な男だが、それが命取りになる。  尾身の手がジーンズを脱がせようとしたとき、インタホンが鳴った。尾身が舌を打つ。赤羽から離れ、乱れた衣服のまま、ドアに向かう。 「だれだよ、まったく」  しばらくぼんやりと天井を眺めていた赤羽は、はっとして身を起こした。 「だめだ、開けるな!」  叫んだが、遅かった。烈しいいい争いの声と物音。尾身の制止を振り払い、楚南がリビングに入ってきた。ソファのうえで茫然としている赤羽を見たとたん、顔色が変わった。 「待てよ。聞いてくれ……」  いったのは尾身だった。慌てる彼の首をつかみ、楚南は吼えた。現役の選手の力で首を締められ、尾身が呻く。 「殺す」  息のような声からは、怒りが迸っていた。赤羽はぞっとして身を縮めた。目の前にいる楚南は、フィールドのうえの彼とも、ましてやふたりでいるときの彼ともちがう、べつの人間だった。 「ほんとにちがうんだ。これは赤羽くんが……彼のほうから誘ったんだ!」 「適当こいてんじゃねえ。そんなわけねえだろうが!」 「ほんとなんだよ。うそだと思うなら、赤羽くんに聞いてみろ!」  ひとまわりも年下の楚南に追い詰められて、尾身は泣き出しそうな顔だった。必死になって赤羽を指差す。目を背けずにはいられなかった。 「聞いたかよ、サブさん。こいつ、とんでもねえいいわけで逃げようとしてるぜ。どうする?」  赤羽が無言でいるのに気づいた楚南が振り向く。 「サブさん?」  赤羽は俯いたまま、顔を上げることができなかった。楚南の顔から表情が消えた。 「サブさん……」  楚南の手から力が抜け、尾身はその場にへたりこんだ。喘ぎながら呼吸をする。  楚南は尾身などその場にいないかのようにじっと赤羽を見下ろしていた。彼が近づいてくる気配に、赤羽は全身を硬直させた。  殴られるかもしれないと覚悟したが、そうはならなかった。肩にかけられたやわらかい布の感触に、赤羽は伏せていた目を上げた。 「行こう、サブさん」  赤羽を見ないように横を向きながら、楚南はいった。  肩にまわされた楚南の腕は小刻みに震えていた。その振動は、赤羽の自己嫌悪を増幅させていった。  ドアを閉めるのも待たず、楚南は加減なしに体をぶつけてきた。中途半端に開いた唇を吸われ、赤羽は混乱した。ふだんのやさしさなど微塵も感じられない、ただ乱暴なだけの強引なくちづけから、必死に体を捩って逃げる。 「わ……!」  シャツの裾から冷たい指先が侵入してきて、声にならない悲鳴が漏れる。無意識のうちに、楚南の体を押し返していた。楚南が背中をしたたかに壁にぶつけ、玄関の脇に置かれた棚が派手な音を立てて倒れる。メモ帳やペンといった細々とした中身が床に飛び散った。  楚南がそれほどあっけなく離れるとは思っていなかった。その場にうずくまってしまった楚南を見下ろし、赤羽はうろたえた。 「ごめん……あの、だいじょうぶか。怪我とか……」 「……なんだよ」  楚南が小さく呟く。磊落な性格の彼の口から出たものとは思えないほど、低く暝い声だった。 「なんなんだよ、サブさん。あれのどこが落とし前なんだよ。なんであんなことするんだよ。意味わかんねえよ」 「楚南」 「触らないでくれ」  赤羽の手から顔を背け、楚南はため息のようにいう。 「触られるのはだめで触るのはいいってわけでもないだろ」  赤羽から触れるだけなら、問題はない。すくなくとも、これまではそうだった。そのとおりだと頷きそうになるのを堪えて、唇を噛んだ。  沈黙をあきらめと解釈したのか、楚南が俯いたまま、いう。 「別れる?」  数えきれないほど繰り返されてきた不毛な繋がり。最後には決まってこの言葉があり、赤羽には黙って同意する以外になかった。しかし、できなかった。これほど好きな男と、なぜ離れなくてはならないのか。  楚南は無言でしゃがみこみ、散乱したメモやペンや写真といったものを拾いはじめた。この数ヶ月の思い出をかき集めようとしているかにも見えた。突然の、だが予期してはいた別れを容認することも拒絶することもできず、赤羽はただ茫然と楚南の丸まった肩を見下ろした。  楚南の手が止まる。ゆっくりと立ち上がる。その手のなかの一枚の名刺を見て、赤羽は短い声を上げた。  ひったくろうとするが、楚南はさすがの敏捷性を見せて避けた。名刺を顔に近づけ、表面の文字を読み上げる。 「深町医院精神科医師……深町勲?」 「それはちがうんだよ」 「ちがうって、なにが?」  顎を首につけたまま、視線だけを上げて、楚南が赤羽を見る。浮気を疑われているのかと思い、弁解しようとしたが、楚南の表情は怒りよりも戸惑いの色のほうが濃かった。抑えた声で、いった。 「もしかして、サブさん、病気なの?」  否定を切望する震えがあった。愛しているはずの楚南を拒み、復讐のために尾身に近づいたことに説明をつけるとすれば、それ以外にふさわしいものはない。ようやく気づき、思わず笑いそうになった。実際に噴き出してしまった。楚南が憮然として唇を尖らせる。 「ちがうの?」 「ごめん。ちがうよ」 「じゃ、なんだよ。今、隠そうとしただろ」 「それは」 「だれ、この深町っての」  赤羽は迷ったが、それ以上隠し通すことはできなかった。しかたなく、肩を竦める。 「昔付きあってた男」 「元彼?」  最悪の答えではなかっただろうが、それでもやはり楚南はおもしろくなさそうだった。あらためて名刺を眺める。 「医者と付きあってたの?」 「うん……今はちがうけど」 「当たり前じゃん、今はおれと付きあってんだから」 「そうじゃなくて、もう医者じゃないってことだよ」  このうえ楚南の機嫌を損ねることにはしたくない。慌てて弁解したが、すぐに後悔した。赤羽の口調が変わったのを敏感に察した楚南が、腕を組む。視線で先を促す。逃げられなかった。赤羽は深いため息をついた。 「おれとセックスすると、ツキが落ちる」  楚南が眉間に皺を寄せる。 「どういう意味?」 「そのままの意味だよ。どんだけいい人生でも、おれと寝たとたん、いきなり逆転する。挫折して、泥沼にはまって、立ちなおれなくなる」 「へえ」  楚南は名刺をつまんだ手を口元に持っていき、頷いた。神妙な顔をつくってはいるが、目は笑っている。まるで信用していないが、これもまた予想していた反応だった。 「最初に付きあったのは起業家で、若いうちに興した会社が軌道に乗って、派手に儲けてた。でもいきなり株価が下落して、多額の負債を残して倒産。次の奴はミュージシャンで、メジャー・デビューを目の前にして、バイクの事故で半身不随。深町も、優秀な医者で、親の病院を継ぐことが決まってたのに、医療ミスをやらかして医師免許剥奪。全部おれがきっかけなんだ。おれと寝た直後に起きてる」  できることなら思い出したくない過去だった。しかし、楚南と出会ってから、思い出さない日はなかった。 「理由はわからないけど、たぶんそれがおれの運命なんだ。あげまんっているだろ、ほら、付きあう男の運気を上げる女。それと逆で、おれは相手の運を吸い取るんだと思う」 「ちょっと、サブさん、それってマジにいってんの?」 「マジだよ。サッカーのことはよくわからないけど、楚南がすごい選手だってことはわかる。おまえまでだめにしたくない」 「だからおれに触らせなかったの。尾身のところに行ったのは、あいつを破滅させたかったから?」  赤羽は俯いた。楚南は乱暴な手つきで頭をかいた。 「そんな理由で今まで何回も別れてきたの?」  顔を上げることができなかった。愛するひとを幸せにしたいという気持ちはだれだっておなじだ。赤羽も例外ではない。そうできないのがわかっていていっしょにいつづけることは、赤羽にとっての幸福であり、苦痛だった。 「そんな顔してないでよ。くだらない都市伝説……いや、赤羽伝説か。とにかく、そんなもん、おれはいっさい信用してないから」 「でも、ほんとなんだよ。ほんとに……」 「わかったよ」  やわらかい調子でいって、楚南が赤羽の肩を叩く。 「サブさんが正直にいってくれたから、おれも秘密をしゃべるよ」 「え?」 「実はね、おれはあげちんなの」  赤羽は目をしばたたき、それから楚南をにらんだ。 「全然本気にしてないだろ、おまえ」 「そんなことないって。おれが強運なのもほんとだからさ。多少吸い取られても、だいじょうぶ。むしろ、サブさんに吸われるなら、本望っていうか」 「もういいよ。せっかく思い切って話したのに」 「怒らないでよ」 「怒ってはいないけど……」 「じゃ、コーヒー淹れて。仲直りに、いっしょに飲もう」  赤羽は渋ったが、楚南に腰を圧されて、不承不承キッチンに向かった。名刺を取り戻すことを忘れていたのには気づかなかった。  都合のいいことに、用件は相手のほうから切り出してきた。 「三郎の新しい彼氏だ」  運ばれてきたアイスティーを一口飲んで、深町は好奇心を露にした目で楚南の全身を眺めた。 「見ましたよ、記事。いちおう、昔の男ですから、モザイクかけられてたって、わかります。煙草は?」 「やりません」 「でしょうね。よろしいですか?」 「どうぞ」  深町は煙草に火をつけ、眼鏡の周辺にまとわりつく煙を掌で払った。 「さすがに驚きましたね。まあ、あいつは、昔から大物食いではありましたけど」 「いい寄ったのは、おれのほうからです」 「それもなんとなくわかります。あいつはどうもおどおどしているし、自分から寄っていくことなどできっこないですよ。しかし、まあ、そこらへんが、いわゆる有力者であったり成功者の独占欲と庇護欲を刺激するというか……そういうところ、あるでしょう」  楚南は肩を竦める程度にとどめた。口をひらけば、話あいにもなるまい。深町の皮肉めいた口調は、楚南の神経を逆撫でした。 「赤羽さんとは……」 「高校がいっしょだったんです。男にも女にももててましたよ。派手さはないけど、控えめで、なんともいえないやわらかい雰囲気でね。恥ずかしい話、ぼくは真性なんで、けっこうはまりましたね。実際、ゲットしたのは、だいぶあとですけど」  そこまでいうと、深町は突然楚南のほうに顔を寄せ、カフェのほかの客の耳に入らないように声を低めた。 「どうです、あいつの体?」 「どうって」 「すごいでしょう」  不快感を隠すことができず、顔をしかめる楚南を見て、深町は大仰に目を見開いた。 「あら、もしかして、まだ?」 「あんた、知らないのか」  冷静でいるつもりだったが、限界だった。わずかに残った自制心でかろうじて声を顰め、楚南はいった。 「そういうことになった相手を不幸にするって。あのひと、本気で信じてる。あんたと別れてから、だれとも関係をつくれずにいる。自分のことをさげまんみたいに思ってて、くるしんでるんだぞ」  深町は眼鏡の奥の目を見開いて聞いていたが、やがて声を上げて笑いはじめた。 「失礼。いや、あまりに馬鹿げてて」 「おれだって馬鹿げてると思うけど、サブさんは……」 「ああ、そういう意味ではなくてですね」  深町はなおも拳を口元にあてて笑いを噛みころしている。眼鏡をずらして目尻に浮いた涙を拭いながら、いった。 「そんな偶然、つづくわけないでしょう。勘違いですよ」 「そりゃ、もちろん、そうだけど……」 「お察しのことと思いますがね、三郎にその話を吹き込んだのは、ぼくですよ」  やはり。楚南は嫌悪感を剥き出しにして深町をにらんだ。 「高校時代にぼくが彼に熱を上げていたということは、さっきいいましたね。しかし、押しても退いてもだめでして」  深町は自嘲気味に唇を歪めた。掌で額を擦りながら、苦々しくいう。 「あいつはぼくには目もくれず、べつの奴とくっついた。聞いてますか。将来有望な青年実業家」  楚南は無言で頷いた。深町がなにをいおうとしているのかわからなかったが、口を挟む気にはなれなかった。 「実は、ぼくの父は、病院の経営以外にもいろいろと手広くやっていましてね。なかには、あまり世間に顔向けできない知り合いもいた」  楚南は愕然とした。会社の倒産、バイク事故。偶然だとは思っていなかった。もちろん、呪いだの運命だのといった戯言も信じてはいない。しかし、隠されていた悪意は楚南の想像を越えていた。深町は神妙な顔をつくって腕を組んだ。 「若かったんですよ。三郎を手に入れるためならなんでもやってやろうと思っていた」 「あんた……」 「そう恐い顔をしないでくださいよ。ぼくだって、ほら、ちゃんと罰を受けてる」  事務員と彫られたネームプレートをつまみあげてみせながら、深町が自嘲めいた笑みを浮かべる。 「ミュージシャンと別れたときには、さすがにあいつも落ち込みましてね。せっせと慰めてやって、ようやく付きあえるようになりました。ところが、策士策におぼれるといいますか、いや、ちょっとちがうか、恥ずかしながら、あれにすっかりはまってしまいましてね。仕事も手につかず、無断遅刻、欠勤の繰り返しですよ。はじめのうちは、父も庇っていてくれていたんですが、医療ミスをやらかしたのをきっかけに、愛想をつかされました」  深町が哀れっぽくいったが、同情はできなかった。望まれてもいなかっただろう。深町は平然とつづけた。 「それも自分のせいだと思ったんでしょうかね。三郎はおれの前からいなくなりました。運命だというなら、それもそうかもしれません。けっきょくはぼくも、ほかの奴らとおなじように将来をうしなってしまったんですから」  他人ごとのような深町のいいかたに、楚南の怒りは爆発した。自制心をかなぐり棄て、身を乗り出して深町の首をつかむ。 「なにが運命だ。ふざけんな。全部あんたのせいじゃねえか。あんたのつまんねえ嫉妬が、今でもサブさんをくるしめてんだぞ」 「大きな声出さないでくださいよ。事務員とはいえ、いちおうぼくはこの病院の院長の息子なんですから。妙な噂が立つと困ります」 「知るかよ、そんなもん!」  深町はずり落ちた眼鏡を持ち上げ、楚南を見た。これ見よがしの自己憐憫が消えた眼差しに、楚南は思わず沈黙した。 「三郎はくるしんでますか」 「は?」 「三郎はくるしんでるんですか」  楚南は呆気にとられたが、深町のほうは真剣そのものといった顔だった。視線を逸らすのも癪だ。楚南は投げ遣りに頷いた。 「くるしんでますよ。あんたのせいでね」 「そうですか」  深町が目を伏せる。歪んだ唇は笑っているようにも耐えているようにも見えるが、判然としない。ただひとつ、明確にわかったことがあった。楚南は深町の首から手を離した。 「まだ惚れてるんですね」  深町は肯定も否定もしなかった。捩れた襟をいい加減になおす。 「院長の椅子どころか、医師免許も夢もなにもかもなくしても、ぼくはなんとも思っちゃいなかった。三郎さえそばにいてくれれば、それで幸せだったんですよ」  楚南は椅子に深く腰かけた。深町のしたことをゆるすつもりはないが、かといって責める気もなくなっていた。 「おれもサブさんが好きです」  深呼吸するようにいった。 「でも、あんたのようには思わない。サブさんも含めたすべてを、おれは手に入れたい」  深町が頷く。疲れたような振動だった。 「なんで話したんですか」 「なにを」 「やったこと、ぜんぶ」 「あなたが話せといった」 「それにしたって、あまりにもあっさりしすぎる」 「友達がいないんでね。だれかに話したかったんですよ。あなたに打ち明けることで、罪滅ぼしがしたかったのかもしれませんね」  深町の生活は死人同然だ。赤羽の心に苦痛として居座りつづけることだけで、かろうじて生きている。楚南を介して真実が赤羽の耳に入れば、完全な死が待っている。楚南が、殺す。それを知っていて、深町はすべてを話した。 「あのう、楚南選手ですよね」  我に返った。ショート・ヘアの看護士が、紅潮した顔で立っていた。 「ファンなんです。試合、いつも観てます。握手してもらえますか」  タイミングをみはからっていたのだろう。それが合図だったかのように、様子をうかがっていたスタッフや患者たちが群がってくる。 「サインください」 「あたしもいいですか?」 「わあ、やっぱおっきいね」  楚南は如才ない笑顔で応えた。まるで動物園のパンダのような扱いにも慣れている。顔をしかめたのは深町のほうだった。携帯電話を出して楚南の姿を写真におさめようとする看護士の前に身をかざした。 「やめなさい。失礼だろう」  ひとまわりちかく年上の深町の忠告にも、看護士は動じなかった。あからさまに不機嫌な顔になって、深町に向かって顎をしゃくる。 「どいてくれませんか。邪魔なんで」 「あのね、きみ……」 「いいんですよ、深町さん」  楚南は立ち上がって深町と看護士の間に体を割りいれた。親しげな手つきで深町の肩に手を置く。 「深町さんにはいつもお世話になってるんですから、気にしないでください」  背後で看護士たちがざわめいた。携帯電話を構えていた若い看護士の深町を見る目が一変する。  楚南は看護士や患者たちの求めに快く応じて、サインや握手をはじめた。深町はなんともやりきれないといった表情で、楚南に向かって頭を下げた。その豊かな髪のなかには、白いものが目立っている。赤羽とおなじ年代のはずの深町は、あきらかに老け込んで見えた。  かつてはそうではなかったはずだ。黒々とした髪を風にそよがせ、丸く縮んだ背中を真っ直ぐに伸ばし、艶のある肌に自信を漲らせて、赤羽の愛を受け輝かせていたのだろう。  楚南を中心にした輪から、深町がそっと離れる。止めようとしたが、その姿はすぐに人の波に紛れ、見えなくなってしまった。  赤羽は黙って楚南の話に耳を傾けていた。表情や態度に大きな乱れはない。膝の上で組んだ指を見つめながら、いった。 「深町……」  独白だった。楚南を見ていない。顔を背けそうになる。下腹に力を込めて見つめた。 「勝手なことして、悪かったよ」 「いや、いいんだ」  赤羽は疲れたように大きく息をついて、掌で顔を覆った。 「これでよかった。すごく……気が楽になった」  深町の巧みな誘導によって、自分を責めつづけていたのだ。赤羽はぎこちない笑みを浮かべた。思わず抱きしめたくなるような、頼りない風情だった。 「呪いだの、伝説だの、そんなもんは現実じゃない。わかっただろ」  念を押すようにいうと、小さく頷く。 「ありがとう」 「うん」  微妙な沈黙がはしった。胸が騒ぐような感覚をおぼえて、楚南は目を逸らした。 「聞くけど」 「なに」 「まだ、深町のこと、好き?」  赤羽がようやく楚南を見る。固かった表情が緩んだ。 「なんで」 「もっと喜ぶかと思ったから」 「素直には、なんか、喜べないよ」  赤羽は腰を上げ、楚南の座るソファの隣にかけた。恋人同士というよりは、友人のようなしぐさで肩を組む。 「おれがだれかを不幸にしたってことは確かだからさ」  楚南はなんともいえない気持ちで赤羽を見つめた。真実がわかれば、それですべて解決すると思っていた。赤羽の腰に腕を回す。 「おれ、あんたのこと、好きだな」  視線があう。赤羽は照れて首をすぼめた。楚南は真剣な顔でつづけた。 「幸せにしてよ、おれを」  いたって真面目にいったつもりだったが、赤羽は噴き出した。冷静に考えれば、確かに、楚南にふさわしいせりふではない。たちまち羞恥に襲われ、楚南は唇を歪めた。その捩れた端に、赤羽の唇が触れる。 「触っても、いい?」  空いた左手を宙に浮かべて、尋ねた。答えるかわりに、赤羽は自分から体を寄せた。  楚南は顔をしかめた。慌てて取り繕ったが、赤羽は気づいていない。床に膝をつき、憑かれたように懸命に、ひたむきに奉仕している。  深町が下品な口調でいったような技巧は見られなかった。むしろ、ぎこちなかった。歯があたり、楚南が声をころさなくてはならないときもあった。しかし、感動的だった。必死さが可愛らしかった。  楚南は夢中になりかけ、我をうしないかけて、腹筋を引き締めた。早漏だと思われたくはない。できるだけ余裕のある手つきで、赤羽の顎を持ち上げた。ベッドに促すと、赤羽は滑らかな動きで服を脱いだ。楚南も手を伸ばし、互いの衣服を剥ぐ。  下着を足首に引っ掛けた状態のまま、赤羽は楚南の下腹を跨いだ。体勢が整う前に、楚南は赤羽の内腿を引き寄せた。  楚南の触覚をさぐり、赤羽の頭が上下する。それにあわせて微痙攣する臀部の肉を、楚南は両方の親指で圧迫した。  年齢のわりに張りがあり、しっとりと湿っている。その肉の奥に、断続的に開閉する孔がある。  おそろしく狭隘な隙間に、指先を捻じ込んだ。赤羽の背が砂を撒いたような鳥肌で埋め尽くされた。 「気持ち悪い?」 「気持ち悪くないよ」 「本当?」 「本当」  上唇を楚南の睾丸に押しつけたまま、赤羽が深呼吸する。熱を持った息が、楚南の脚の付け根をすり抜けた。臆してしまった。指先をはずすと、赤羽が戸惑ったように首を捻じ曲げる。潤んだ目が哀願するようだった。うろたえながらも、再び指を埋没した。  予期していたぶん、さっきより抵抗が弱かった。じわじわと収縮しながら、楚南の指を飲み込む。楚南もこんどは落ち着いて、じっくりとその部分の構造を確認することができた。  ひどく、狭い。周辺の毛は淡く、刷毛で掃いたようだった。軽い振動をくわえると、即座に反応して震える。  空いたほうの手を伸ばす。太腿に指先が食い込み、痛みに赤羽の肩が強張る。  体勢を入れ替えた。赤羽の頭の脇に肘を置き、顔を覗き込んだ。紅く張り詰めた乳首をつまんだ。 「あ……」  小さく漏れた声もまた、儚げだった。  楚南は覚悟を決めた。真剣な眼差しで赤羽を見下ろした。薄い唇がひらいて、いった。 「抱いて」  パスを受け、前線へ。敵ディフェンダーの動きが視界に入るより先に、体が動いていた。踵でボールを浮き上がらせ、ディフェンダーをかわす。  ドライブをかけたボールが大きく曲がって、枠の間に吸い込まれていく。キーパーが手を伸ばしたが、一瞬遅かった。ゴールネットが揺れた。  チームメイトが飛び上がってはしり寄ってこようとするのを、楚南は視線で制した。ラインズマンが真っ直ぐに旗を揚げている。オフサイド。微妙にタイミングがずれていたことには気づいていた。  サポーターのため息でスタジアムが暗くなる。しかし、楚南は悲観してはいなかった。  驚くほど体が軽い。気候ちがいやアウェイの重圧も、楚南の邪魔になることはなかった。  口に含んだ水を芝上に吐き出し、ユニフォームの袖で乱暴に汗を拭った。顎を持ち上げて相手側のゴールを見据える。  試合はすでに後半30分に差しかかろうとしていた。スコアは2対2。集中力を切らせば、即座に負ける。相手は格上だし、予選ははじまったばかりだが、決勝トーナメントに進出するためには、すこしでも多くの点を獲っておきたかった。楚南には、どうしても勝たなければならないべつの理由もあった。  寝た相手を不幸にするなんて、そんな馬鹿げた話があるものか。赤羽の切迫した様子に、はじめのうちは何度か信じかけたこともあったが、今では不安はまったくなかった。しかし、赤羽は今頃日本で祈るような思いでテレビを見ているだろう。彼を本当に呪縛から解き放つのは、完全なる状態でのゴールしかないと、楚南は思っていた。  一旦体を右に向け、マークをひきつけてから、反対側に向かってはしった。相手チームの中盤の選手が短いサイドチェンジをはかったところを狙い、インターセプトする。  不意をつかれたディフェンスラインは体制を立てなおすことができなかった。ひとりかわし、ゴールキーパーと1対1になる。迷わずゴール右隅に狙いを絞った。ボールに爪先が触れる寸前、背中に衝撃がはしった。相手ディフェンダーが背後から体をぶつけてシュートを阻んだのだった。  審判が笛を吹き、イエローカードを示した。ディフェンダーはわずかに表情を引き攣らせただけで、抗議もしなかった。反則覚悟のラフ・プレイだったのだろう。楚南に向かって手を差し伸べる。楚南は舌打ちをこらえ、その手をつかんで立ち上がった。 「だいじょうぶか、楚南」  代表チームのキャプテンで、国内ではおなじチームに籍を置く丹沢が、心配して声をかけてきた。楚南は大きく頷いてみせた。スパイクが掠めた右膝は薄い痕になっていたが、痺れや痛みは感じない。  審判にもオッケーだと合図して、楚南はポジションにもどった。雷に打たれたかのように動きを止めた。体が大きく傾いだ。 「楚南」 「だいじょうぶです」  下腹に力をこめ、いった。いやな汗が楚南の首を流れていった。  丹沢が審判にタイムを要求し、再びプレイが中断された。スタッフが飛んでくる。 「脚を見せろ、楚南」  その場に座らされ、促された。楚南は肩で息をしながら、左脚を投げ出した。メディカル・トレーナーが怪訝そうに眉を寄せる。 「交錯したのは右側だったように見えたけどな」 「そうです」  痛みに耐えながら、楚南はかろうじていった。 「痛めたのは右脚です。でも、左脚が痛いんです」  トレーナーは理解不能といった顔をしていた。楚南の膝を素早く触診し、首を捻る。 「なにも異常はないみたいだ。本当に痛むのか?」  疑わしげに聞いたが、楚南がこんなときに冗談をいう男でないことはわかっていただろう。とりあえず膝頭に氷を押しつけて冷やしながら、いった。 「違和感があるなら、無理するのはかえってまずい」 「待ってください」  トレーナーが立ち上がりかけるのを、楚南は咄嗟に止めた。 「交代させる気ですか?」 「まだ初戦なんだぞ。酷使して故障でもしたら、目もあてられん」  ベンチで監督が腕を組んでこちらを見ている。主審が腕時計を覗き込む。楚南はトレーナーのジャージを握る手に力をこめた。 「もう痛みはありません」 「本当か?」 「はい」  楚南はトレーナーを押し退けるようにして、自分のポジションに向かった。試合が再開される。一歩すすんだだけで焼けるように痛む左脚を見下ろす。確かに、見た目にはとくに変わったところはない。実際に、異常はないはずだ。なにしろ、なにもしていないのだから。  痛みと疲労で朦朧とする意識のなかで、考えたのは、深町のことだった。  すべてを失った男。過去を引き摺っている男。いまだに赤羽を忘れられずにいる男。もし、楚南が深町の立場だったら、どうだっただろうか。  かつての恋人の新しい男があらわれる。じゅうぶんに誠実で、卓越した才能を持ち、なによりも真剣に恋人を愛している。自分以上に、彼を幸福にすることができるにちがいない。  若い男が口にする馬鹿げた妄想。しかし、その具にもつかない与太話が、現実にふたりの障害になっているらしい。  楚南なら、思う。ふたりが幸せになるなら、実際には被害者のひとりである自分が下手人の役を引き受けようと。戯言につきあい、もっともらしいことを並べて、すべて自分が仕組んだものだということにした。 「マジかよ」  楚南の呟きは歓声にかき消された。  本当だったのだ。だれかが引き起こしたものか、それとも生まれつきか。赤羽の体に刻まれた呪いめいた暝い力は、本物だった。  ボールが回ってきた。胸でトラップし、体を反転させる。目の前に相手選手が迫っていた。烈しく交錯し、もつれあうように芝を転がった。  楚南のマークについていた選手だった。さっき背後からボールを奪いにきた選手だ。主審が駆けてきて、カードを引き出した。2枚目のイエロー。さすがに選手が目を剥いた。大きく両手を広げ、抗議する。あまりの剣幕だったので、チームメイトが主審との間に体を挟みこんで宥めなければならないほどだった。  スタジアムのほとんどは相手国民である。後半も残りわずかとなり、異様な緊張感に包まれていた。鮮やかな黄のユニフォームを着たサポーターたちが、主審や楚南を口汚く罵りながら、腕を振り上げている。  耳に届く罵声を、楚南は無視した。重要なことを思い出そうとしていた。  何回だっただろうか。自問しながら、体を起こした。  おれたち、いったい、何回、やった?  凍えるような悪寒を感じ、楚南は振り返った。熱狂的なサポーターが放り投げた発炎筒が、火花を散らしながら楚南に向かって真っ直ぐに空気を切り裂いて襲ってきた。  ひんやりとした指がこめかみに触れた。赤羽の眠そうな目が、楚南の側頭部に注がれている。 「痛む?」  寝そべったまま、首を傾ける。腕を伸ばした。裸の胸同士を接着し、まどろむ。  ワールドカップ予選第一試合目は、興奮したサポーターが引き起こした暴動で試合が一時中断。再開後も両チームに得点はなく、引き分けで試合終了。後味の悪い結果になった。  しかし、幸いにも、ピッチに投げ込まれた発炎筒は楚南のこめかみを掠めただけで、わずかな出血はあったものの、軽傷で済んだ。その後の試合にもすべて出場し、代表チームの勝利に大きく貢献した。決勝トーナメントでは涙をのんだものの、最低限の目標であった予選突破を果たし、チームと楚南は高い評価を得た。 「サブさんの呪いが嘘だったこと、証明されたな」  赤羽の頭を撫でながら、楚南は自信たっぷりにいった。 「おれがこうして元気でいるのが、いちばんの証拠だよ。むしろ、あげちんかも」 「そうだね」 「もうだいじょうぶだから、心配しないで、ね」 「うん」  唇が触れあう。ごく浅い接触から、深い接吻に変わっていく。楚南は赤羽を抱く腕に力をこめた。  赤羽を起こさないように注意しながら、ベッドを抜けた。キッチンに向かい、冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。一気に半分ほど飲み、息をつく。  痛めた左脚も、頭の傷も、順調に回復していた。あとは、今日のぶん、だった。  深町がどういうつもりで過去を偽ったのかはわからない。赤羽の幸福を願ったのかもしれないし、楚南をあえて油断させようという嫉妬心があったのかもしれない。どちらにしても、深町を追い詰める気は、楚南にはなかった。赤羽の奇妙な体質が引き起こす力の強さは、まさに楚南の体自身で証明している。  水を片手に冷蔵庫を閉めた。それほど烈しい動作ではなかったが、扉が閉まった拍子に、上に置いていた砂糖の瓶が落下した。  楚南の研ぎ澄まされた反射神経が、考えるよりも先に体を動かしていた。床に落ちる前に、空いていたほうの手で瓶をしっかりと受け止める。  危なかった。思わず苦笑いが浮かぶ。割れた瓶の破片で足を切るとか、そういったことだろう。神経を張ってさえいれば、危険は回避できる。楚南には自信があった。一瞬気が抜け、ミネラルウォーターがほんの数滴フローリングの床上にこぼれていたことに気づかなかった。  寝室にもどろうと踵を返しかけた楚南の踵が、小さな水溜りを踏みつけた。はっとする間もなく、楚南は床に転倒した。仰向けに倒れた楚南の視界に、キッチンの隅に置いてあった果物ナイフが飛び込んできた。楚南の体が激突した拍子に、そのナイフがゆっくりとバランスを失い……  逃げようがなかった。楚南は思わず全身を強張らせ、目を閉じた。  しかし、覚悟した激痛はやってこなかった。目を開く。楚南の腹に向かって垂直に落ちてきた包丁の柄を、赤羽がしっかりと握っていた。 「もうだいじょうぶだよ、楚南」  裸の肩にバイル地のシャツを引っ掛けた赤羽は、ゆったりと微笑した。その表情に、以前までのおどおどとした様子は見られなかった。 「おれが守ってあげる。幸せにしてあげるから」  赤羽の手から包丁を取り上げ、きつく抱きしめた。赤羽の悪魔的な力と徹底的に闘うと誓っていた。ふたりなら、きっと、できる。  口を開きかけ、閉じた。赤羽の肩越しに、冷蔵庫から煙が上っているのが見えた。ゴムを弾いたような音がして、扉の脇から火花が上がる。楚南が転倒したときに持っていたペットボトルの中身は、一滴残らず床にぶちまけられていた。その水のなかに、ふたりはうずくまっていた。ジーンズの裾から膝にかけて、じっとりと濡れている。  火花がもう一度光るのを見て、楚南は思い出した。赤羽のなかに押し込んだまま、二度、達した。確かに、二度だった。  冷蔵庫から黒い煙が立ち昇り、扉が勢いよく開いた。烈しい音とともに小さな爆発が起き、剥き出しになった配線が火花を散らしながら床をのたうった。  楚南の背中を、冷たい汗が流れて落ちた。 おわり。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!