3・遺品整理が回ってきた、正直勘弁してほしい

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3・遺品整理が回ってきた、正直勘弁してほしい

   数日後、警察から姉の解剖結果を聞かされた。本当は母が呼び出されたのだが、「憔悴のため精神が不安定(たぶんウソ)」との理由で、私にお鉢が回って来た。お陰でまた貴重な有給休暇を失ってしまった。  先日と同じ刑事さんが、報告書を見ながら淡々と説明をしてくれた。姉の死因は、気道閉塞による窒息死。その原因となったのが、急性MDMA中毒ということらしい。  私は目の前が真っ暗になった。中毒というから睡眠薬とか解熱鎮痛薬とか、そういう類のものだと思っていたが、違法薬物、いわゆるガチの麻薬(ドラッグ)ではないか。芸能人が怪しげなクラブやパーティーで使用して、逮捕されたりするやつだ。不惑を過ぎた女がなんちゅうバカな真似を。 「ただしMDMAに関しては、常習性はないようです。興味本位で手を出したのでしょうが、それで急変してしまうケースは多々あります。もともとお姉さん、睡眠薬も常用していたみたいですね。バルビツール系の睡眠薬が検出されました」  そういう類の薬を一緒くたに飲むと、ショック症状を起こしてしまうことがあるらしい。さらに姉は商売がらアルコールも摂取していた。無知が招いた不幸である。我が姉ながら情けない。まさか身内から薬物で死ぬ人間が出るとは。 「あの……そういう薬物って、一般人でも手に入れられるものなんですか」  興味本位で聞いてみたのだが、刑事さんは肩をすくめて苦笑いをしている。あまり歓迎されない質問だったようだ。 「まあ、夜のお店ですからね。そういう薬を売り買いする連中が近場におります。最近は気軽に手を出す人が増えたんで、我々も取り締まりを強化しているのですが、現状はイタチごっこです」  ちなみにMDMAは一錠5000円前後で手に入るそうだ。「セックスドラッグ」とも呼ばれ、性的な興奮を高める目的で使用する人が多いらしい。しかし、姉の体には直近に性交した形跡はなかったという。そんな所まで調べられるのか。死ぬときは是が非でも変死は避けたいと思った。  結局、入手先も特定できず独りで亡くなったため、ざっと交友関係や所持品を調べただけで捜査は終了となった。もちろん麻薬所持や使用は犯罪である。しかし本人が死亡しているため、書類送検だけで起訴はされない。それを聞いて正直ほっとした。お堅い企業勤めの私としては、身内の不祥事が世間に公表されるのは何としても避けたかった。  その後、私は警察の指示に従って粛々と遺体の引き取りを行い、ごく身内だけの葬儀の手配をした。なるべく迅速かつ密やかに全てを終わらせたい。それは親戚も同意見だったようで、警察の帰りに母と葬儀の打ち合わせをするため実家に立ち寄ると、叔父が渋い顔をして私を待ち構えていた。  叔父は母の実兄であり、母方一族の長とも言える人物だ。市の団体職員を定年まで勤め上げ、現在は年金暮らしをしている。亡くなった父とは親友で、母にとってはこの世で最も恐ろしい存在だ。分別盛りになっても自己中で常識はずれな妹を、叱咤しながら真人間に導こうとしてきた。母と同じ親から生まれたとは思えない、まともな常識人である。  恐らく今日も雷が落ちた後と思われる。母は泣き腫らした目をティッシュで押さえながら、洟をすすり上げている。叔父は私の姿を認めると、自分の前へ座れと手招きをした。私は目線で助けを求める母を無視して、警察で言われた通り姉の死因が違法な薬物だったことを報告した。 「そうか、馬鹿だとは思っていたが、そこまで落ちぶれていたとはな。絢華がそうなったのも祥子、お前の育て方が間違っていたせいだぞ」  祥子(さちこ)というのは、母の名である。何か言い返そうとしたが、叔父に睨まれ不貞腐れた顔で言葉を飲み込んだ。「私は被害者なのに」と思っているのか、全く反省している様子がない。叔父は私の方に向き直り、眉間にしわを寄せて質問をした。 「ちょっと聞くが、お前と昌司君がこの家で祥子と同居する予定はあるのか?」 「ないない、お母さんが勝手に言ってるだけ。何度も断ったのに、なかなか諦めてくれないのよ」 「そうだろうとは思っていた。つまらん出まかせを言うんじゃない、全く」  再び、叔父が母を睨む。今度は小さく舌打ちが聞こえた。嘘がばれてご愁傷様だが、今度こそ年貢の納め時だ。父が亡くなった後、叔父は母に実家に戻るよう説得していたのだが、彼女は頑として首を縦に振らなかった。  表向きは「夫の想い出のある家を離れたくない」と、健気な未亡人を演じているものの、冗談じゃない。父が生きているうちは、洗濯物でさえ一緒に洗わないほど嫌っていたのだ。今さら殊勝なふりをしても、誰が信じるものか。本音は「兄に監視されるのが窮屈」だということは、親族の誰もが見透かしている。  やがて叔父は私の返事を確認して言葉を繋いだ。反論は許さない、という強い意志がこもった声だ。 「それなら、よかった。実は、この家を売りに出そうと思っている」 「ええっ、じゃあ私はどうなるの!」  弾かれたように母が反応し、目をむいて叔父に縋りつく。まだ実家に戻ることが決定事項なのを理解していないらしい。なんで母の鼓膜は自分に都合のいい言葉しか拾わないのか。  だいたい、この家は既に叔父の名義だ。姉が離婚した際、多額の慰謝料を支払う羽目になったため、叔父にお金を都合してもらった。そして、その代わりとして土地家屋の権利を譲渡したのだ。しかし母はすっかりそんなことは忘れたらしく、自分に権利があると主張している。 「私の家なのに、勝手に売るなんてひどい!」 「もうずっと前から私の家だ。そんなに住み続けたいなら、家賃を払うか?」  母がぐっと言葉に詰まる。家賃も払わず、働きもせず、私たち夫婦から小遣いをせびって暮らしている母。同年代でも自活している女性はたくさんいるが、誰かに依存しながら生きてきた彼女には、今さら働くという選択肢はないはずだ。つまり、兄の言いつけに従うしかない。  こうなって、私は心底ほっとした。姉が亡くなったことで、こちらに擦り寄って来られたら困ると思っていたのだ。姉も苦手だったが、母は輪をかけて面倒くさい。叔父に任せてこのまま疎遠になれるなら、私にとっては願ったり叶ったりである。  母はまだ納得がいかないようで、泣きながら文句を言い続けているが、叔父も年金暮らしなので、手持ちの不動産を遊ばせているわけにはいかない。築43年の4DKは更地になり、単身者用のアパートが建てられるらしい。 「光代さんがそうしろって言ったんでしょう、あの人は昔から私に意地悪ばっかりするのよ!」  光代さんとは叔父の奥さんであり、母にとっては目の上のたん瘤である。お寺の娘さんだったので、叔父以上に厳格で礼儀作法にうるさい。あの光代さんが監視するなら、きっと母も身勝手はできまい。とりあえず丸く収まりそうで、私はほっと安堵の息をついた。  ただ、頭の痛い問題も残った。それは、叔父から頼まれた姉の遺品整理である。警察の捜査が終わったので、家賃の支払いがある今月末までに、故人の荷物を搬出せねばならない。その役目が私に回って来たのである。 「それじゃあ、葬式の件はお前に任せといていいな。こっちはこれから家の処分について、あれこれ忙しくなるだろうから」 「わかった、それは何とかする」 「ついでにもう一つ、アパートの遺品整理も頼まれてくれ」 「ええっ、私が?」 「私たち年寄りは足腰が悪いし、車もないからどうにもならん。お前が不要だと判断したものは捨ててしまっていいから」  勘弁してよと思ったが、他に適当な親族は見当たらず、またもや私の有休が削られることになった。夏に予定していた海外旅行も諦めないといけないだろう。本当に最後まで迷惑な姉だった。せめて汚部屋ではありませんように。  私が姉のアパートを訪れたのは、それから数日後。ありがたいことに、夫の昌司も有休を取って手伝ってくれた。今日が金曜日なので、土日を含めた3日連続で大物をあらかた片付け、残った小物は私が仕事の合間に処分することにした。  不幸中の幸いというか、姉の部屋は意外にも片付いていた。ままごとのようなキッチンがついたワンルームで、整頓されているというより、がらんとして何もない。ベッドではなく部屋の隅に畳まれた布団、合板の折り畳みミニテーブル、ビルトインの小さな冷蔵庫には飲み物しか入っておらず、タオルや食器も必要最低限だ。  それなのに、服や靴はブランド品ばかりである。要するに見栄っ張りなのだ。そういうところは、本当に母親に似ている。それらは中古でも売れそうだったので、まとめて大型のスーツケースに詰め込んだ。  そして布団やわずかな電化製品などを粗大ごみに出し「あとは細々したものだけ」と一息ついたところで、頭が痛くなるようなものを発見してしまった。「督促状」である。
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