4・姉の遺した、レンタルドレスとヤバい「ブツ」

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4・姉の遺した、レンタルドレスとヤバい「ブツ」

   ある程度の予想はしていたが、やはり姉は借金をしていた。警察署で死亡を確認した際に、家賃および水光熱費、スマホ代あれこれの滞納を知らされた。それらは私がまとめて支払いを済ませ、叔父からお金を受け取った。  娘の不始末なのだから、本来であれば母が払うべきであろうが、お金の話になると「具合が悪い」と言って寝込んでしまう。そして、追及するとヒステリーを起こして手が付けられないので、一旦は叔父が立て替えることにしたのだ。  ただし、間もなく受給が始まる母の年金は光代叔母さんが管理するそうなので、きっとそこから利子付きで徴収されるはずだ。ぜひ、今までタダ住まいしていた家賃も差っ引いていただきたい。あの母に金を持たせると、ロクなことにならない。  とりあえず、お金の後始末はそれで終わったと思っていた。しかし、全ての荷物を運び出し「後は掃除をして不動産屋さんに鍵を返すだけ」というタイミングで、ポストの中に一通の督促状を見つけてしまった。 「レンタルブティック?」  家に持って帰って中身を確認してみると、月額制レンタルブティックからの督促状だった。昌司が訝しそうな顔で封筒を眺めている。お洒落なエリアではなく、住所が繁華街の雑居ビルになっていたからだ。 「月いくらで服や小物をレンタルするサービスなんだって。OLさん向けの店も多いけど、そこは場所柄、ホステスさん向けのドレスがメインなんじゃないかな」 「へぇ、いろんな商売があるんだね。まあ、俺たちなら何着かスーツがあればいいけど、夜の接客業じゃそういうわけにもいかないだろうからね」  おかしいと思ったのだ。光熱費を払う金さえないのに、ブランド服を何着も買えるはずがない。売り捌こうと思ってスーツケースに詰め込んでいた服を引っ張り出し、明細書と照らし合わせてみると、なるほど内容が一致している。  姉は月に5着のコースを契約していたようで、月曜から金曜まで日替わりで着回していたと思われる。日付を見ると、返却日予定日から2週間が過ぎていた。姉が亡くなった翌週が返却期限だったようだ。  一瞬、借りた本人はこの世にいないのだから、知らないふりをしてしまおうかと思ったが、知ってしまったからには始末をつけないと居心地が悪い。私は店のホームページで延滞料金を確認し、翌日の会社帰りに服を返却しに行った。 「えっ、買い取りですか?」 「はぁい、こちらは特別な商品なんですよぅ。期限が過ぎると、お買い取りになってしまうんですぅ」  涙袋をこれでもかと作り込んだ、韓国アイドルのような店員が、束感まつげをパチパチさせつつ首をかしげる。いやいや、あなた的には可愛いポーズかもしれないけど、差し出された電卓の数字は可愛くないから。  確かに、デパートで買えば一着ウン万円、場合によってはもう一桁いくようなブランドではあったが、そもそもレンタル落ちの中古である。しかも、意味の分からない買い取りを要求されて、そんな金額とてもじゃないけど払うわけにはいかない。私はぐっと表情を引き締めて、涙袋の店員にスマホの画面を差し出した。 「でも、お店のホームページには、月額コースの延滞料は1週間ごとにプランの半額って書いてありますよね。今日が17日目だから、1.5カ月分払えばいいってことじゃないのかしら」 「うーん、でも、そういう決まりなんでぇ……」 「どうかしたか?」  私が店員に詰め寄っていると、STAFFと書かれたドアから男性が姿を現した。ぱっと見でわかる、素人ではない雰囲気だ。もしかしてヤバい系の人だったらどうしようと内心焦っていると、店員から説明を受けて私の方に歩み寄ってきた。 「お客さま、レンタルの際にご説明したと思うのですが、こちらは最新のデザインになっておりまして、延長ができないアイテムなんですよ」  にこやかな表情を浮かべているが、目が笑ってなくて怖い。しかし、さっきの電卓の数字を思い出すと、すんなり支払うわけにはいかなかった。 「それって、規約が明文化されたもの、ありますか? ホームページに載ってないし、お店の中にも表示されていないので、確認しようがないんですけど」  私がそう言うと、いきなり男の目つきが鋭くなった。やはり、営業スマイルは仮面だったのだ。やがて男の喉から出た声は、Vシネマで見たチンピラの台詞にそっくりだった。 「困りますよ、お客さん。ごちゃごちゃ理屈をこねたって、お宅が借りたものを返さないから悪いんでしょう? ちゃんと払ってくださいよ」  間違いなく、ぼったくられている。私の野暮ったい恰好を見て、ここらのホステスではないと判断したのだろう。素人だと思って、舐められているのが悔しい。私はとっておきの裏技を使うことにした。 「わかりました、では請求書をご用意いただけますか?」 「請求書?」 「はい、宛名は県警の刑事部、捜査五課でお願いします。内訳の明細と、延滞料でカバーできない理由も、ちゃんと記載してくださいね」  県警と聞いて、男の顔が引きつった。そりゃそうだろう、人の弱みにつけこんで不正な水増し請求をしているんだから、警察には知られたくないはずだ。 「……あんた、警察の人?」 「いいえ。これを借りた私の姉が事故で亡くなって、警察の捜査に協力しました。それが延滞の理由なんですが、これほど高額になるんなら、捜査費用として警察に提出しないといけないので」  もちろん、そんなことはしない。捜査が必要になったのは姉の落ち度で、警察は正しく仕事をしただけだ。しかし、こういう輩には効果の高いハッタリだったようで、男は黙って考え込んでいる。よし、もう一丁ダメ押しをしてみるか。 「何でしたら、組対の内野警部補に確認してもらってもいいですよ?」 「組対(ソタイ)」とは、組織犯罪対策部の略称で、刑事ドラマにもよく出てくる。先日の刑事さんの名前を借りて申し訳ないが、具体的な所属と名前が出たことで、男はとうとう観念した。 「いやいや、そういうことなら延滞料だけでけっこうです。我々も企業として、警察には協力しないといけませんから」  男の営業スマイルが消えないうちに、私はさっさと1.5か月分を払って店を飛び出した。転がるように汚いエレベーターに乗り込み一階に降りると、どっと汗が流れて膝が震え出す。強気を演じていたが、やくざと対峙して怖くないはずがない。  酔客がゆらゆら歩く繁華街の通りをすり抜けながら、改めて姉の生きていた日常が、私のそれとは別世界であることを実感した。私は鮮やかなネオンの光よりも、研究室の無機質なLEDライトの方が心休まる。もう姉に関するトラブルはこれきりにしてもらいたい。その時は心の底からそう思っていた。  それからしばらくは、比較的平和に過ぎていった。相変わらず母は嘆き散らかしていたが、もはや誰も相手にしていない。ただ、引越しの準備もせず不貞腐れているのには困った。狭い家だが、捨てられない世代の母が溜め込んだ物がごまんとある。仕方がないので、とうとう私と光代叔母さんが乗り込んで、母の尻を叩く羽目になった。  押し入れの8割は「いつか使うかも」と思いつつ、結局ウン十年経ってしまったガラクタで、残りは母が叔父たちに内緒で買っていた贅沢品、そして家族の思い出の品がダンボールに5箱あった。その中に、姉の部屋から出てきた物が1箱あり、私はその検分を任された。やれやれ、またもや遺品処理か。  姉は離婚後、しばらくこの実家で母と二人暮らしをしていた。最初は例の如く母が「離婚して落ち込んでいる、可哀そうな絢華ちゃん」と甘やかしてしまったのだが、姉はそれをいいことにいつまで経っても働こうとせず、家事も母任せで遊んで暮らした。  しかし、ほぼ無一文で婚家を追い出された身である。そのうち小遣いに困り、母の着物や指輪を質入れしてしまった。この件で、さすがの母も娘を持て余して、叔父に泣きついたのだ。そしてその結果、姉は実家を出て社員寮のある会社で働くことになった。叔父の知り合いの会社である。  きっと不肖の姪っ子のために頭を下げたのだろうが、なんと姉はその寮から1カ月もしないうちに逃げ出してしまった。職場にもたびたび遅刻し、無断欠勤もあったそうだ。当然、叔父は烈火のごとく怒り、母は泣き喚き、姉はどこかで拾った男の家に転がり込んだ。それが今から10年ほど前の出来事だ。  そんな傍迷惑な姉が実家に置き忘れた荷物の中から、A4サイズの封筒に入ったノートが24冊見つかった。捨てていい物かどうか確認するために中をちらりと覗くと、それは姉が高校時代から書き溜めた「日記帳」であった。まずい、嫌な予感しかしない。
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