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雪の朝
クリスマスの朝。
部屋の中がやけに明るい。
夕暮れにちらつき始めた白いものは、往年のラブソングのように一晩中降り続けると天気予報が言っていた。
聖の好きなブルーのカーテンを突き抜けて、陽射しはベッドの僕らをやわらかく包んでくれる。
数年前の夏にふたりで訪れた、南の島の珊瑚礁を思い出す。あの時と同じように、僕たちは深い海の底で静かにゆっくり呼吸していた。
まだ眠っている彼を起こさないように、そうっとベッドを抜け出した。聖の温もりから急に離れてしまって、あわてて彼の白いローゲージニットを手に取った。細身でもがっしりと背の高い聖のセーターは、丈も袖も僕には長すぎた。
ふわっと肌に纏う空気が仄かに温かい。袖に顔を埋めると彼の匂いがして、抱きしめられている気分になる。
『理生は俺の腕の中にすっぽり入るんだな』
昨夜初めて僕を抱きしめて、聖は笑った。
僕は窓辺に近づいて、カーテンの隙間から外を覗いた。結露を指でそっとなぞると、思ってた通り一面の銀世界が見えた。
雪に慣れない東京の交通網は機能しないだろう。
真っ白な家々の屋根を朝陽が照らしていて、いちばん最後に降り立った氷の結晶が、ダイヤモンドみたいに煌めいている。
北国生まれの僕にとって、雪の朝は儀式だ。
澱んだ感情が澄んだ空気に浄化されて、新しい自分が始まる気がする。窓ガラスを伝う滴が、映り込む僕の頬を流れていった。
でももう 1人じゃない
不意に後ろから抱きしめられて、思わず彼の腕にすがった。触れたところから彼の体温が流れ込んでくる。
「…俺の服がないんだけど」
耳元で聖の寝ぼけた声が囁く。
彼が上半身は裸のまま僕にしがみついてきた。
「自分だけあったかいカッコしやがって」
「ふふっ」
拗ねたように意地悪な瞳をした聖が、僕の首筋にも口づけた。その唇の熱さに昨夜のことを思い出して、僕は彼のキスに身を震わせた。
「…っ」
体が疼いて、甘い吐息が漏れた。
聖も首を伸ばして、僕の唇を貪るように食む。
『このままふつうに、結婚とかして歳取っていくんだろうな』
久しぶりの電話の声。
他愛ない話の続きだった。
遠く離れた場所で、僕はスマホを握りしめた。
僕らの年代の大部分が考えることだ。
聖に深い意味はなかったと思う。
でも、僕にとってその言葉は、カウントダウンにしか聞こえなかった。
高校の同級生だった彼との距離は、巷にありふれたものと変わらない。
ただ、僕の気持ちを除いては。
何が正解なのかわからなくて、眠れない夜をいくつも数えた。ひとつだけ確かなのは、これからもずっと続いていく季節を、彼の隣で過ごしたいということ。
伝えなきゃ 一生後悔する
そんな焦燥感が僕を動かした。
小雪が舞うイヴの夜、僕は新幹線に飛び乗った。
ニットの裾から入り込んだ彼の掌が、僕の肌を撫でていく。指先が冷たくて、くすぐったい。
「あ、っ…」
笑いと愛おしさが同時にこみ上げる。
こらえきれずに吹き出すと、聖はさらに優しく触れながら、僕からセーターを奪った。
「邪魔だ。コレは返してもらうぞ」
「あ、やだ…」
うっとりするその温もりを剥がされて、冷たい空気に肌が晒された。
「寒いよ」
口を尖らせると、聖は僕を抱え上げてベッドへ連れ戻した。抜け殻だった毛布はかろうじて聖の体温を残していて、また僕の体をふわりと包んだ。
僕は腕を伸ばして彼を引き寄せ、降ってくる唇を受け止める。
毛糸よりも温かいその肌は、孤独と不安で凍えていた僕をすっかり虜にしてしまった。
勇気を出した僕への、これはご褒美だ。
だから、今朝の彼はとてつもなく甘くて優しい。
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