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不穏なうわさ
「あぁもう」
「最悪だわ」
僕とオムレットはトイレ掃除当番になった。
朝の鍛練という名の労働「ニワトリのたまご集め競争」で最下位の結果そうなったのだけど。
僕らは学食で朝食をとっている。
授業開始までゆっくり朝御飯を食べ、寮に戻る時間もある。長テーブルに向かい合う僕らのほかにも、他の一年生コンビ全員が揃っている。
「惜しかったのになぁ」
「マジムカツクんだけどあの先生」
オムレットの怒りはおさまらない。スクランブルエッグの大盛りをガツガツとかきこむ。
僕はいつものハムとチーズのサンドイッチ。
「これは昨日の卵だ! ってホントかな」
僕は先生のモノマネをした。
「あぁ似ててイラつく! 血圧あがるわ」
「いつも高いじゃん」
「だまらっしゃい!」
ほらねカッカしてる。
「「はぁ」」
僕とオムレットは顔を見合わせ溜息を吐いた。
「悪く思わないでくれたまえ君たち」
「労働はとても尊いものと聞いていますよ」
ボイルド様とベネティクト様がこちらをみて微笑まれた。トイレ掃除という単語を口することさえしない。
「うぅ」
「ぐぅ」
貴族のお坊ちゃまと清楚なお嬢様は、悪気無く他人の心をえぐるタイプだと思う。
優雅に特注のティーカップで紅茶を楽しまれている二人はいつも特別待遇。実際、学校に対して多大な寄付をしているのは貴族たち。だから二人にトイレ掃除をさせるなんてできこっこない。つまり、今朝の勝負だって怪しいものだ。僕らみたいな庶民にトイレ掃除をさせれば丸く収まるんだから。
「いつか見返してやるわ」
「そうだね、前向きに行こうよ」
「革命を起こして貴族どもにはトイレ掃除をさせてやるんだから」
「あわわ、しーっ! 聞かれたらマズいってば!」
「もう小心者なんだから」
頬を膨らませるオムレットをなだめる。僕はいつから彼女の世話係になったんだ……。
朝食を終えた僕らは一度それぞれ寮の自室にもどり、身支度を整えて授業の行われる本館へ向かった。
授業用の教科書とノートを小脇にかかえ、オムレットと再び合流する。
「今日の授業、次の実習の準備だったわよね?」
「そうだね、今度は本物の竜の卵を使うやつ」
ついに本物との対決だ。ドキドキする。
「いいシェル。竜の卵は選ぶときから勝負は始まっているのよ」
「聞いたことあるけど」
「勘に頼っちゃだめ。感じるの、声と魔法の気配を」
「理屈はそうだけど、簡単にいかないから学校があるんだよ」
「いちいちうるさいわね!」
「痛い」
わき腹をつつかれた。
実習で使う「竜の卵」は適当に渡されるわけじゃない。
並べられた卵のなかから気に入った卵を選ぶ。その段階で「これだ」と、勘と運が良ければ本物の竜の卵を引き当てることができる。
勝負は卵選びからはじまっている、という彼女の言葉は間違っていない。
うーん。
うまくいくかな。
朝の卵探し競争の一件といい、裏で何か「ひいき」みたいな事もあるのかも。
いやいや、余計なことは考えない。
大人には竜の卵が発する「声」も悪魔の「囁き」も聞こえない。
事前に都合良く純粋な「竜の卵」渡すことなんて不可能のはず。
あくまでも選ぶのは僕らなんだから。
「シェル、どうしたの?」
「あ、うん別に」
先をゆくオムレットの後を追う。
歴史を感じさせる荘厳な造りの校舎を進む。
石畳と石柱が整然と続く廊下には、さながら美術館のように歴代魔法使いの肖像画や、ドラゴンたちの勇壮な絵画が飾られている。
地下に向かう階段脇を通る。
この下は魔法の封印エリア。
枝分かれした廊下の先にはいくつもの小部屋があり、鉄の扉で塞がれている。
昨日、僕とオムレットもその中のひと部屋で「竜卵鑑定の儀」を行った。
悪魔を見破る場所って思うとすこし怖い。
ひとりでは入りたくない。
空気が冷たくて重苦しい。悪魔の卵を叩き潰しているせいだろうか。
「……ねぇ知ってる?」
「な、なに?」
薄暗い廊下でオムレットが肩を寄せてきた。ふわりと甘い匂いがする。
「失敗して悪魔が生まれちゃうと……」
「う、生まれちゃうと?」
「その部屋ごと封印されて二度と外には出られなくなるの」
「えっ!? 悪魔は先生たちが退治してくれるんでしょ? 出てこれないわけないじゃん」
でも自分で言っていて矛盾していることに気が付く。
悪魔が生まれてしまえば殺せない。
先生たちや魔法使いだって対抗できない。
封印の部屋で竜の卵の鑑定をする理由。
それは悪魔が生まれてしまった場合に備えて、邪悪な魔力を封じるためだと聞いていたけれど……。
「表向きはね。うわさでは石化魔法樹脂を部屋に流し込んで生徒と悪魔ごと固めて封じちゃうんですって」
「こ……怖っ!」
そんな噂はじめて聞いた。
「怖くなった?」
「怖くなんて……」
なくもない。
でも言われてみれば。
地下室には開かない扉があちこちにある。
先生は「そこはもう使えない」と言っていたっけ。
僕は少し背筋が冷たくなるのを感じていた。
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