悪魔と僕

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悪魔と僕

 悪魔の言葉は甘くて優しい。  心を見透かして入り込んでくる。  竜の卵が本物だったらいいと、僕ら竜学生なら誰もが思う。そこに悪魔はつけ入ってくる。  卵から孵化(ふか)した竜は、成長すると人間に魔法の力をくれる。  竜のもつ魔法の力を欲しい。  竜を大切に育て、やがて魔法を授かりたい。そんな「本物の魔法使い」になるのが僕らの夢であり目標なのだから。  けれど竜の卵にはおよそ八割の確率で『悪魔』が寄生している。ドラゴンの子供のふりをして卵の中に潜んでいる。 「もういちど質問してみて」  僕はオムレットに目くばせする。 「ねぇ、本当に魔法の力をくれる?」  彼女は卵に向かって囁いた。 『……もっと温めて。生まれたら……ボクが魔法をあげるから……』  竜の卵を人間が胸に抱いて温める。すると信頼と絆が生まれるという。 「きっと素直で良い子だと思うわ」  ふふっと嬉しそうに、そして勝ち誇った顔をするオムレット。 「……親切すぎる」 「シェルは疑い深すぎ!」 「悪かったね」  仕方ないじゃないか。大事なことなんだから慎重に。 「いい? 貴族と平民も同じよ。貴族が領地を守り治め、平民は汗水垂らして働き恩義を返す。親切は親切で返す精神、ギブアンドテイク。これは法と秩序に連なるドラゴンの思想そのものだわ。けれど悪魔がそんな正しい理屈なんて言うはず無いわ。よこせ、温めろ、生まれさせろ! そう言うって教わったでしょ」  オムレットはまくしたてた。    僕に向かって持論を言い終えるや、満足げな表情でプラチナブロンド色の髪を指先で耳にかける。 「う……。わかったよその話は」  何度も聞いたよ。その理屈もわからなくもない。  けれど人間の理屈が、竜にも悪魔にも通じないからみんな困っている。  孵化する前の卵の声に耳を傾ける。  卵の声を聞くことが出来るのは僕ら12歳から16歳ぐらいまで。  魔法学校オムランドでも特別な「竜卵鑑定学科」に所属している生徒は20人。  なかでも僕ら一年生は10人だけ。  特殊なスキル「卵の声を聞く」ことのできる子はとても貴重なのだとか。クラスメイトはみんな僕やオムレットと同じ力を持っていて、日々鍛練に励んでいる。  そして今日は模擬試験。  先生たちが精巧に作ったテスト用の『竜の卵』でこうして試験に挑んでいる。  試験と言っても本番と変わらない。  過去の『竜の卵』とのやりとりを忠実に再現しているのだから。 「あたしは白。本物だと思うわ、晩御飯を賭けてもいい」 「うーん、僕はグレー」 「まだ疑っているの? 卵からまっとうな対話が出来る段階で知恵ある竜よ。それに卵を温めてくれた人間を信頼し、本心をうちあけるものよ」 「悪魔もピンキリらしいけど、演技するずる賢いのもいるんだよ」  悪魔は恐ろしい存在だ。  卵から生まれてしまえば殺せない。不死身で普通の武器も魔法も通じない。世界に災いをまき散らす。  僕の生まれた村も悪魔に滅ぼされた。  あの日、僕だけが生き残った。  卵の『声』に救われたのは偶然だった。キノコを探しに森に入り見つけた卵が『悪魔が来るよ』と教えてくれたから。  不思議な卵を胸に抱いて村へ戻ろうと森を抜けたとき、既に村は燃えていた。  悪魔の姿は見ていない。けれど凶暴化した魔獣の群れが村を襲ったのだ。もうどうすることもできなかった。  僕はなぞの卵に助けられた。  翌日、王国の騎士と魔法使いの人たちが救援に来てくれたけれど、村は焼き尽くされて全滅していた。  廃墟にひとり立ち尽くす僕をみて、魔法使いのひとりが言った。 「神託を受けた子か」  抱いていた卵を「預かる」と奪った。  あの卵は本物の竜だったか、あるいは悪魔がだったのか。それは今となってはもうわからない。  けれど親も親類も友達も、すべて失った僕は、王都へと連れていかれた。  そこでスキルの試験を受けた。きっとあの魔法使いの計らいによるものだろう。  こうして僕は魔法学校ヒヨランドに入学することができた。貴族や魔法使いの血縁者ばかりの、この魔法学校に。
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