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嘘を見抜け
もし卵から「悪魔」が生まれたら大変なことになる。さんざん暴れまわった悪魔はやがて分裂し数を増やし、やがて小さくなって無数の黒いハエのように。そして世界中に散らばってゆく。
身体に入り込まれた野獣は魔物に変わり、植物が枯れ、人間も病気になる。心が闇に染まる人もいる。
人間が「怒り」「嫉妬」「敵意」という心の闇を抱えているのは、大昔に悪魔たちに入り込まれ心が穢れたせいなのだとか。
『ボクは……竜だよ、優しい君に会いたいな……』
大人になれば『竜の卵』の声は聞こえない。悪魔を見破るのは僕ら留学生の役目なんだ。
「ねぇシェル、孵化させてあげましょう、あたし……魔法が欲しい」
オムレットの瞳が渦を巻く。焦点が定まらない。悪魔の甘言に惑わされつつあるんだ。
優しい言葉、期待させる口ぶり。
悪魔は饒舌で望むものをくれるとうそぶく。
反対に竜は尊い存在で、ときに人間に厳しい。
卵から温めて孵化(ふか)させることで仲良くなれて、魔法を授けてくれる。
竜魔法――ドラゴマギアを授かれば魔法使いになれる。
そして僕が悪魔を滅ぼす方法を見つけてやる。
オムレットが卵を撫でている。彼女にもう一度たずねるように促す。
「どんな魔法をくれるか聞いてみて」
「どんな魔法をくれるの?」
『……えぇと……黄金……そうだ、銀を黄金に変える魔法……!』
オムレットの心を読んだ。
金を生み出す魔法だなんて。
間違いない、これは。
「偽物だ」
「シェル?」
「竜は黄金と宝石が大好きなのに、そんな都合のいい魔法なんてあるもんか」
『……!』
こいつは「悪魔」だ。
竜なら『金を生み出す魔法』なんて言うはずがない。竜は金や宝石が好きで巣に集める習性がある。自分の魔法で金が作れるなら集めたりするもんか。つまり竜を騙った偽物、悪魔ということだ。
「今から、お前を砕く」
僕は手にハンマーを持った。
聖銀で造られた特別製のハンマー。卵の段階ならこれで悪魔を滅せられる。
「まってシェル! ダメよ! この子、きっと私を喜ばせようとして言ったの、魔法のことなんて赤ちゃんの、口から出まかせかもしれないわ」
「竜は嘘をつかない」
「あ……」
オムレットは正気に戻った。振り上げたハンマーを見てちいさな悲鳴をあげて咄嗟に手で目を覆う。
自分が温めた卵が砕かれる瞬間を見たくない。気持ちはわかる。
けど躊躇っちゃダメだ。
『……お、お願い、割らないで……! ボクは竜だよ! 助けてよ……! やめ』
「うるさい黙れ」
『……やっ……やめろと言っているだろうがこのクソガキャァアアア!? ブッ殺すぞぁあ!』
卵の声が豹変した。
ブルブルと震え、激しい怒りの波動が卵から響き渡った。
「悪魔だわ!」
「やっぱり」
『ウゴァアアア! 殺すぞ、ここから出てやる……受肉しつつあったんだ……! ここから出て……人間を食えば……もっと!』
地の底から響くような悪魔の声。ビキッと卵の殻にヒビがはいる。ダメだ限界だ。
「うるさい地獄へ戻れ」
『――い……いまのは嘘だよ、竜だよ! 本当だよォオァアアア!』
それと。喰らった竜に謝れ。
本当は生まれるはずだった竜に。
僕は渾身の力をこめて、聖銀のハンマーを振り下ろした。
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