8人が本棚に入れています
本棚に追加
竜卵鑑定学科の一年生
「シェルはまたハムチーズサンド？」
オムレットが僕のメニューを見て同情の色を浮かべる。
「玉子料理を食べる気分じゃない」
つい一時間前まで僕らは竜玉鑑定をして、腐った玉子を見たばかりなのに。よくオムレットは平気だなぁ。手には親子丼セット。彼女はメンタルが強い女の子だ。
学食のメニューは玉子料理が多い。
僕は「玉子の呪い」（※卵アレルギー）のせいで食事には気を使っている。
特に「生焼けの卵」なんて食べたら大変だ。半日は呪いで苦しむことになる。全身が痒くなったりブツブツが出来たり。半熟の玉子なんて食べた日には寝込んでしまうし生卵なら……たぶん死んじゃうと思う。
「こんなに美味しいのに、可哀そうなシェル」
彼女の同情にはトゲがあるが、悪意は無いらしい。
「ほっといて」
思わず天井を仰ぐ。学生食堂の天井は高くて、教会の礼拝堂を思わせる造り。魔法の光を放つシャンデリアが整然と吊り下げられている。
夕飯時ということもあり学食には他にも大勢の生徒たちが食事を取っていた。大勢といっても学園全体で百人ほどだけど。
青いジャケット風の制服を着ているのが、僕やオムレットと同じ「竜卵鑑定学科」つまり一年生だ。
「前世で一体どんな悪いことをすれば、そんな呪いを受けるのよ？」
オムレットはズケズケものを言う。
髪はプラチナブロンド色で肩のあたりで切り揃えていつもサラサラしている。明るい場所で見る瞳の色は青くて強い、挑戦的な眼差し。黙っていれば凛々しい女子って感じなのに、かなりイラッとする言動が多いのは生まれながらの「気高さ」のせいなのかな？
「前世で悪魔の卵を割りまくったのかも」
鉄板の冗談だけど、あながちそうとも言いきれない。悪魔に食い殺されて転生でもしたのかもしれない。
「そういえば８個目よね、玉子を叩き割ったの。悪魔に恨まれるわけね、きゃはは」
物言いがストレートすぎるせいか、クラスでは女子の友達があまりいないっぽい。
「……はぁ」
僕はハムとチーズのサンドイッチを頬張った。
オムレットが嫌だろうと思って、代わりに悪魔入りの卵を割ったのに。デリカシーの無い物言いだけど口には出さない。僕にとっても数少ない友達だから。
「うむ！ 美味しいわ。なかなかね」
オムレットの前には、厚焼き玉子と茶碗蒸し。それに親子丼。ばくばく美味しそうに頬張っている。
「そりゃ何よりだね」
僕もハムチーズサンドを食べてジュースで流し込む。
王立魔法学校は寮費も食費も授業料も、すべてタダ。
これは身寄りのない僕には嬉しい。
けれど学生食堂のメニューは改善を求めたい。
メニューのほとんどが玉子料理なのだから。スクランブルエッグに味玉、厚焼き、オムライス、親子サンド。
どれも大量に卵を使っている。
時には半生だったりするから気を使う。
噂では「竜の卵」を採集してくるギルドから卵を買い取る際、分類不能な生き物の「卵」も大量に仕入れてしまうためらしい。
それとメニューに「ハンバーグ」とあっても油断できない。頼んでもいない「玉子載せ」だったりするからだ。学生食堂のオバちゃんやシェフさんに僕の「玉子の呪い」は理解してもらえないし。
「……今日はありがとね、シェル」
「え？」
「気を使ってくれて。あたしさ、今度こ卵の中は竜だって信じきっちゃって」
「うん、そうだね」
いちおう落ち込んでたのか。彼女なりに今日のことはショックで悲しいのだろう。
悪魔の卵を見つけ出し叩き割る。
でも１０個のうち８つは偽物だ。悪魔の卵だと判断したら叩き割る。
卵を一週間ほど人肌で温めて「声」が聞こえはじめたときの嬉しさったら無い。今度こそ竜かもしれないと期待する。だから割る瞬間は胸が痛む。
テスト用の偽卵だとしても、だ。
「よっ、シェルとオムレット、今日も悪魔入りだったって？」
「ふたりとも、落ち込まないで」
声をかけてきたのは、同じ竜卵鑑定学科一年のカラザ君とメンブランさんだ。
赤毛で背の高いカラザ君は元気なヤツ。体育の授業ではいつも張り切っているし剣術でも一番強い。僕は一度も勝てたことが無い。
相棒のメンブランさんは真面目でおとなしい。クラスの学生リーダーをしていて面倒見がよい。髪をお下げに纏めている。
ふたりとも気さくで良い人だ。だからこうして話しかけてきてくれたのだろう。
「ありがと、平気よいつものことだもん」
オムレットは気にしていないと強がりを言う。
「全然、竜に当たらないんだよね」
先生たちの作る精巧な偽卵でもなかなか竜を引き当てられない。
「仕方ないってシェル！ 俺らだってたまたま偶然、十個目でようやく当たったんだぜ？ しかも叩き割る寸前になってメンブランに『やっぱり本物の竜かも！』って羽交い締めにされてさ」
「あはは！」
食堂に明るい笑い声が満ちた。
最初のコメントを投稿しよう！