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2.開戦
「イゴール、起きろ!!」
父さんの声にベッドから飛び起きる。部屋の明かりが点いていて、壁の時計は2時15分を指している。
「な、なに……?」
「早く服を着ろ! 教会に避難するぞ!」
「避難……えっ?」
「着替えと大切なものをリュックに入るだけ詰めるんだ!」
なんだか分からないまま、パジャマを脱いだ。いきなり大切なものって言われても……躊躇しながら、聖歌隊の楽譜と貯金箱を押し込んだ。
「準備出来たか? 行くぞ!」
開けっ放しのドアから覗いた父さんの顔が蝋のように白い。ただ事じゃない。部屋を出ると、母さんが妹のユリアに黒いショールを頭から掛けているところだった。両親はそれぞれピクニックに行くときに持つ大きなリュックを背負っている。
ド、ドーン!!
「わっ!?」
「キャッ!」
突然、地鳴りのような音が響いた。窓がビリビリ震え、足元がグラリと揺れる。
「急ぐぞ!」
再び地鳴りが響く中、外に出た。どこかで犬が鳴いている。ポツリポツリと立つ街灯が、いつもより暗く感じるのは気のせいだろうか。見知った道なのに、やけに余所余所しい。
月の見えない夜だけど、北の空が奇妙に明るい。地上でなにかが燃えているのか? だとしたらよほど大きな火事だ。
ドォン……ズズーン!
爆発? 分からない。地面を、空気を震わせる激しい衝撃に汗が噴く。恐怖で足が強張るけれど、決して止めてはいけない。それだけはジリジリと感じている。
「あっ、バラノフさん! カーチャ婆さんを連れに行くんだが、手を貸してくれないか!」
正面から、近所の男達が数人駆けてきた。メリニコフさんが、父さんに声をかける。町内に住むカーチャ婆さんは1人暮らしで、足が悪い。
「イゴール、母さん達と先に行け!」
リュックを下ろし、父さんは男達と来た道を戻って行った。母さんが僕のリュックを腕にかけ、僕が父さんのリュックを背負う。ズシリと重いが弱音は吐けない。
10分後、教会に着いた。既に沢山の人達が詰めかけていて、家族単位で固まっていた。僕達は、空いた長椅子に荷物を下ろしてへたり込む。爆音と振動は、ここでも不規則に続いている。
「ペーチャ!」
前方に親友の姿を見つけて、駆け寄った。
「酷いことになったな」
「なにが起こったんだ?」
「聞いてないのか? ロマールが攻めてきたんだ」
「えっ……」
信じられないことだけど、今から2時間ほど前、隣国の爆撃機が飛来して空爆が始まったという。ここゾフカ市は国境まで80kmしかない、ロマールに1番近い町だ。
「ソニークもやられてるらしい!」
祭壇の下に集まっている大人達の誰かが声を上げた。彼らはラジオを聞いているようだ。
「……どうして」
政治のことはよく分からないけれど、クラリナとロマールが険悪な状況だなんて話は聞いたことがない。だって、両国は文字も言葉も共通だし、人々は古くから行き来している。国際結婚だって珍しくない。
「ナターシャ姉さん」
3年前、隣国に嫁いでいった姉の顔が浮かんだ。彼女は、母さんに似て典型的なクラリナ美人だ。ロマール人に囲まれた中で、果たして無事でいるだろうか。
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