21人が本棚に入れています
本棚に追加
3.別れ
両国人の外見的な差異への懸念は、間もなく現実になった。
襲撃の夜から1週間、僕達は教会での共同生活を余儀なくされていた。空爆は、ゾフカ市内の行政・商業地区を中心に昼夜を問わず続いている。首都の国営放送局が3日前に攻撃を受け、南部のローカル局から発信される情報だけが頼りだ。大人達は幾つか班を作り、商店や薬局から食料などの必要物資を運び、皆で分け合った。
そんな中、一部の人々がロマール国への憎悪を身近なロマール的なものへと向け出した。中心にいたのは、リョーニャの父親グセフさんだった。
「ロマールのヤツらは、いつだって俺達から盗みやがる」
「ああ、残酷非道の畜生だ」
「あの白い肌に青い目、ゾッとするぜ」
彼らは一所に固まって聞こえよがしの悪態をつきながら、ロマール人の外見的特徴を持つ人々――通称“ロマリン”をジロジロと睨んできた。
かつてロマール人は、鉱山での出稼ぎを目的に、この地へやって来た。クラリナ人が過酷で危険な炭鉱で働くのを嫌ったから、安い労働力として雇われたのだ。彼らは定住して世代を重ね、クラリナの国籍を取った――父さんの祖父もその1人だ。
クラリナ人の中には、未だにロマール人に仕事を奪われたと主張する排他的なクラリナ人が存在している。いわゆる“純粋民族主義者”だ。
「……父さん」
「我慢しろ、イゴール」
不穏な空気が流れる中、朗報もあった。まだ戦火の及ばない南部経由で、クラリナ軍が来るというのだ。軍は、女性と13歳未満の子どもを安全な外国に避難させ、男性は民間兵士として軍に編入するそうだ。
2日後の明け方、クラリナ軍のトラックが女性と子どもを連れて行った。男性の迎えもすぐに来るらしい。僕は、母さんとユーリャを乗せたトラックが走り去るのを奥歯を噛みしめながら見送った。
軍の迎えが来ないまま、避難から1ヶ月が経った。ラジオが伝える戦況はクラリナが劣勢で、物資調達はますます困難になっていた。
「西地区の工場に、食料の備蓄があるらしい」
誰かがどこからか得た情報が、教会の中に波紋を投げた。一部の男達が、夜陰に乗じて移動しようと言い出した。いや、不確かな情報だ、危険すぎる――意見は二分した。けれども、この地区の食料は底をついており、決断の時は迫っていた。
「あんたらは、来ないでくれ」
グセフさんが、僕達のグループに向けて言い放った。この頃になると、僕達は集団から弾き出されて孤立していた。
「あんたらなら、見つかっても殺されないだろ」
「どういう意味だっ」
「言葉の通りさ。喜んで仲間にしてくれるだろ」
「なんだと!」
ロマリンから若い男が数人飛び出して、グセフさんと仲間に殴りかかった。それを皮切りに、相手もワッと拳を振り上げて、狭い通路のあちこちで乱闘が始まった。
「イゴール、こっちに! 君達も!」
父さんは、ロマリンの子ども達を隅の暗がりに誘導し、乱闘から隔離した。父さんに腕を掴まれながら、それでも僕は屈辱的な怒りでブルブル震えた。
「おやめなさい!!」
よく通る声が壇上から降り、殴り合う手が止まった。ミハイル神父様が、苦しげに人々を眺めている。
「神の元では、あなた達は皆同じではありませんか!」
水を打ったような静けさが広がった。しかし、遠くから響いてきた爆撃音が人々を現実に引き戻した。
「神父さん。俺達は、パンとワインがなければ生きていけないんですよ……信仰じゃ、命は繋げない」
右目を腫らしたグセフさんが、唇を歪めた。追い打ちをかけるように、教会の床が波打った。空爆される地域は、確実に市街地に近づいている。ここもいつまで無事なのか、神のみぞ知る、だ。
「そうだ! 俺達クラリナ人は、この濃茶の髪と琥珀色の瞳に誇りを持っている! 今後、金髪と碧眼には容赦しない!」
張りのある声が高らかに響く。突き上げた手には拳銃が握られていた。宣言したのはメリニコフさんだった。
最初のコメントを投稿しよう!