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5.オルロフ商会
「ほら、サッサと歩け!」
野太い声に急き立てられ、痩せた少年少女が合わせて5人、トラックの荷台から下ろされた。後ろ手に縛られ、大き過ぎるシャツの裾から伸びた素足は痣だらけで、靴は与えられていない。どの子も10歳前後、金髪に碧眼――ロマールからの荷物だ。
「確認してくれ」
僕は俯き加減に煙草を燻らせながら、取引の成立を待つ。兄貴分のボリスが、スーツ姿の中年男にアタッシュケースの中身を見せる。小分けにした粉袋が5つ、荷物との等価交換だ。中年男は袋の端をナイフで突くと、刃先に付いた白い粉をペロリと舐め、頷いた。
「ジェーニャによろしく」
プラチナブロンドをペタリとオールバックに撫でつけた男は、薄い唇を微かに歪めるとアタッシュケースを受け取った。
「オラ、早く乗りやがれ! モタモタすんじゃねぇぞ!」
取引相手のトラックが去ると、ボルガは近くにいた少年の尻を蹴飛ばし、サッサと助手席に向かった。
僕は短くなった煙草を吐き捨て、全ての荷物を積み込んでから運転席に戻る。
「よし、行くぞ」
「はい」
ハンドルを握って、夜道を駆ける。ソニークまで5時間。ボルガは椅子を倒し、間もなくイビキをかき出した。
福祉施設を出てから1年間、僕は必死で仕事を探した。街の復興のため、あちこちで建設関係の募集があったが、僕が“イゴール・バラノフ”だと分かると、有無を言わさず追い払われた。稀に雇われたこともあったが、すぐに誰かが気づいて、2ヶ月と持たずクビになった。
“バラノフ”は、裏切り者の名前――戦時中に犯した忌まわしき罪は、父さんの処刑後も亡霊のように僕に取り憑き、マトモな生活を許さなかった。
住むところを失い、食べるに困り、それでも生きるため――暴力の蔓延る裏社会に拾われたのは、必然のことだった。
「小僧、オルロフさんだ」
直属の上司であるボルガに、組織の頂点に君臨する男――エヴゲーニイ・オルロフを紹介されたのは半年前だ。煌びやかなカジノクラブの奥の部屋で、グラマラスな美女を侍らせていた黒髪の男は、見るからに高級なスーツに身を包み、両手の四指いっぱいに大きな宝石のついた指輪を嵌めていた。
「サバーカ」
「えっ……」
「私の忠実な犬になるなら、置いてやろう」
尊大な態度の男は、椅子に座って足を組んだまま、ピカピカに磨き上げられた革靴を突き出してみせた。
僕は、フカフカの赤いカーペットに跪き、両手を付くと、その革靴に口づけた。
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