6.暁のサバーカ

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6.暁のサバーカ

「なんだ? 今夜は盛況じゃねぇか」  ロマールからの荷物をオルロフ商会が所有する“倉庫”に運び込むと、仲間のヴィクトール(ヴィーチャ)が保管部屋から出て来たところだった。 「ああ。が4つも手に入ってな」 「へぇ、そりゃ珍しい」  “国産品”とは、クラリナ人を指す隠語だ。福祉の保護下に置かれる前に捕まった不運な子ども達で、レア物だけに高値が付く。 「お、サバーカか。お前も増えてきたじゃねぇか」 「お陰様で」  ヴィーチャは僕を見ると、自分の左耳を指で揺らして見せた。そこにはリング状の純金ピアスが8個並んでいる。僕は両耳合わせて7個、まだ彼の半分以下だ。ちなみにボルガは全部で20個。ピアスの数は単なるステイタスではなく資産だ。まだ貨幣価値が不安定なこの国で、確実な資産は純金だというのがオルロフの教えなのだ。 「サバーカぁ、まとめて管理しておけよぉ」 「はい、お疲れ様でした」  片手をヒラヒラ振って、ボルガはねぐらに帰って行った。 「相変わらず人使いの荒い野郎だぜ」  一瞬、同情する眼差しを僕に向け、ヴィーチャは傷痕の残る頰を嫌らしく歪めた。  ここに運び込まれた荷物は、少なくとも3日以内に買い手がつく。だから身綺麗にして大人しくさせておかなければならない。具体的には、風呂に入れて軽く薬を打っておく。僕は、そういう仕事を与えられてきた。  ところが――。  保管部屋に足を踏み入れた瞬間、呼吸が凍り付いた。“国産品”の中に見覚えのある面影がいた。ああ、神様!  僕は、淡々と仕事をこなした。いつもより人数が多くてきついはずなのに、奇妙な力が漲って疲れなんて感じない。順調に8人まで片付けた。  最後の1人の正面に立ち、穴が空くほど見詰めた。オーク色の髪は痛んでパサつき、頰は痩けて顎が尖り、肌も荒れている。琥珀色の瞳に生気はなく、絶望しか映らないようだ。慢性的な栄養不足だったのか、実年齢より幼く見える。 「お前……生きたいか?」 「え」  恐る恐る上げた瞳が戸惑っている。 「答えろ。このまま、変態ジジイのオモチャにされてもいいのか」 「……ゃ、いや」  かさついた唇から小さな意思が溢れた。 「この先、声を出すなよ」  僕は、彼女の裸足にタオルを巻いて靴代わりにすると、ドアの陰まで連れて行った。ドアを細く開ける。当然、見張りが立っている。 「ヴィーチャ、薬が足りない。悪いけど、2人分頼めるか?」 「仕方ねぇな。待ってろ」  舌打ちして、早足で上の階に向かう。彼の姿が消えると、少女の腕を掴んで裏口のドアまで一直線に駆けた。通常、外に見張りはいない。僕は少女をトラックの荷台に乗せ、運転席に滑り込む。トラックは目立ちすぎるが、これしか手段はない。  思いつく場所は、一ヶ所だけだ。  ソニーク市内に、戦禍に耐えて存続している女子修道院がある。あそこなら出自を問わず、守ってくれるはずだ。 「これを……持っていけ」  修道院の前で少女を下ろす。僕は肌身離さず着けているクルスを外し、彼女の首にかけると、鉄門の内側に押し込んだ。 「どうして? あなたは、まさか」 「さよなら、ユーリャ!」  素早くトラックを発車させる。バックミラーは覗かなかった。フロントガラスの向こうには、いつか見た夕焼けに酷似した鮮やかな茜空が果てしなく広がっている。東へ――この足が走れるだけ、行こう。 【了】
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