よくないもの

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よくないもの

 エミリは小さい頃、一度だけ原因不明の酷い熱を出して、2週間ほど生死の境をさまよったことがある。  小さい頃とは言っても、もう小学校の3年生だったので、その時のことを何となくだが覚えている。  その時に、エミリはなんだかよくないものに会ったような気がするのだ。  それは、鏡の中にいた。  エミリの家の洗面所は鏡の後ろに物が置けるようになっている。物をとる時には当然鏡を開けるのだが、歯磨きの道具は一番右の鏡の後ろに有って、向かって右から鏡を開けるようになっている。  真ん中と左の鏡は開ける必要がないので、エミリは磨き残しが無いように鏡を見ながらしっかりと歯を磨いていた。  口をゆすいで、鏡に顔を近づけて、よく確認しようとした時、右側の開いている鏡の隅っこに、真ん中の鏡にうつっているエミリがうつり込んだ。  もちろん、顔や髪型は鏡に写ったエミリそのものだ。いや、鏡なのだからそうでなければいけない。  でも、その鏡の中のエミリは目がギョロッとして口はにんまりと笑っていた。エミリは笑っていないのに。  開けた鏡のほんの隅っこだったのだが、エミリはゾッとして、 「キャッ!」  と、声をあげながら思わず、右の開けてあった鏡を閉じた。    すると、いつも通り、普通に真ん中の鏡にエミリがうつり、右側の鏡には後ろの壁がうつっているだけだった。 『きっと、斜め後ろだったし、鏡の隅っこだったから歪んで見えたんだわ。』  エミリは、怖くないように自分にそう言い聞かせて、学校へ行く支度を始めた。  だが、その支度の最中に急に倒れたかと思うと、エミリは原因不明の熱を出して、そのまま救急搬送され、病院でも原因がわからずに2週間生死の境をさまよったのだ。  その後、エミリの熱は下がり、病室の中にある洗面台で自分で歯を磨けるほどになった。病院の鏡は古びていて、何となく怖かったので、エミリはあまりよく鏡を見ようとはしなかった。  熱が出る前の事は忘れていたのだが、なんとなく鏡が恐ろしかった様な気がする。  何故、エミリが20歳になった今、こんな話をしているのかと言うと、今朝、エミリに恐ろしいことが起こったからだった。  エミリは今、実家から大学に通っている。洗面所は昔と同じままだ。  エミリはあの小学生の時の朝の様に、右側の鏡を少し大きく開き、歯を磨いていた。  そして、小学生の時の様に磨き残しがないか、鏡に近づいて、確認しようとした時に、開いた右側の鏡に、真ん中の鏡のエミリが合わせ鏡で写り込んでいるのが見えたのだ。  エミリはその瞬間にあの小学校3年生の時の事を思い出した。  あの時と同じように、髪型や、服装はもちろん、エミリのものだったが、目がギョロりとして、口はにんまりと口角をあげ、笑っている。エミリは笑っていないのに。  そうして、そいつは、今回はしゃべったのだ。 『久しぶり。』 「きゃぁぁぁぁ!」  エミリは、恐怖のあまりそのまま心臓が止まって倒れ込んだ。  家の人が急いで救急車を呼んだが、エミリはそのまま帰らぬ人となった。  合わせ鏡の中には魔が潜む。  小学校3年生の時に命をとれなかった鏡の中の魔は、エミリが合わせ鏡を作るまで虎視眈々と機会を(チャンスを)狙っていたようだ。  皆様も合わせ鏡にはくれぐれもお気を付け下さい。 【了】  
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