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潜入レポ!希少部位の謎に迫る!
「ここは、なんだ?」
タクシーを降りた俺は、だだっ広いススキの原に忽然と立つ白い建物の前で愕然としていた。これが畜舎か?
建物は大手物流会社の倉庫のよう。高さは、ビルにして5、6階分ほどある。でかい。しかし、普通の倉庫と明らかに違う点は、この建物にはここから見る限り窓が一つもないことだった。
俺は恐る恐る、ここが入り口ではないかと思われる小さな通用口に近づいた。看板もない。インターフォンだけがついている。俺がインターフォンを押すと、がしゃんがしゃんと鍵が二つ回る音がして、その扉が開いたのだった。
現れたのは顔をくしゃくしゃにして笑っている、人の好さそうな小柄な胡麻塩頭の男だった。白い作業着に白い長靴、手には白い帽子を持っている。
「いらっしゃい。東京の雑誌の方ですよね。意外とお若い」
「専属ではなくてフリーの記者です。池田安彦と言います。今日はどうも」
「おいくつ?」
「31になります」
「そっか。ま、入ってください。私ここの管理をしてます。種村といいます」
俺が建物に入ると種村さんは鍵をがしゃんがしゃんと掛け、廊下の奥へと俺を案内した。そこはまるで映画のような真っ白い廊下だった。
「池田さん。よくわかりましたね、ここが」
「町では誰も教えてくれなかったんですが、たまたま寄った飲み屋で酔っ払いが話してるのを聞いたんです」
「そんなことだろうと思った。よそ者にわかるわけないんだ」
「そんなに秘密にしないとならないんですか?牛の畜舎ですよね」
「ああ。まあ。あ、ここです。まず、誓約書にハンコ押してもらいますよ。お持ちですよね、昨日電話でお話した」
「はい」
<ここで見たこと、聞いたことについては、決して口外しない事を誓います。もし、これを破った場合、相当の奉仕を社に対して行うことを誓います>
事務室に入り椅子に座って種村さんと対面した俺は、簡潔な文面の誓約書の前、ハンコを片手に持ったまま逡巡していた。
「どうしました?池田さん」
「これじゃ、記事に出来ないじゃないですか?」
「記事にするなと申し上げてるんです」
「それじゃ来た意味がない。僕は記者です」
「おかえりになってもらうしかないようですね」
ちょっと待て、俺は交通費をかけてここまで来た。それだけはあり得ない。何が誓約書だ。そんな約束は反故にしてしまえばいい。スクープならばなおさら。俺はサラ金でクビが回らないフリーの記者だ。そんな誓約書なぞにびびらない。法の下裁かれたにしても懲役が付くほどの事もあるまい。
「わかりました。ハンコを押します」
こうして俺は納得したうわべを作り誓約書にサインをし、ハンコを押した。早速、更衣室に案内され、白い作業着の上下、帽子、長靴を用意してもらうと、着替えて上階へと上ったのだった。
「ここです」
鉄の重い扉を種村さんが開けると、途端に耳をふさぎたくなるような音。
れろれろれろれろれろれろ
何かを舐めまわすような音の集合が、はるか向こうまで続く広いフロアーから聞こえてくる。そして、息を止めたくなるほどたまらない生臭さ。
「どうです?こういうことです。池田さん」
それは牛タンだった。フロアー一杯にぎっしり埋め尽くされた生きた桃色の牛タンが、青い液体から突き出て不随意運動を繰り返し、ぐにゃぐにゃと動いているのだった。
「池田さん。あなたの目の付け所は正しいです。この町は牛タン料理が有名で、和牛の産地でもある。でも、牛肉の中で牛タンは希少部位。町の和牛だけで所望する人すべてのお腹を満たせるわけがない」
「でもだからって、これは」
「IPS細胞の技術を用いました。青い液体は培養液です。でも、これだけじゃ牛タンたちは不満なようでですね。ほら」
種村さんは、床に置かれたバケツから皮を剥かれた一体の鶏を掴むと、牛タンたちに向かって投げたのだった。
「食べるわけではありません。牛タンたちは塩漬けの鶏肉を舐めるんです。好物でね。こうして、牛タンに刺激を与え運動させることで肉質がよくなる」
これはどう考えてもスクープだった。
こうして東京に戻った俺は記事を書き、雑誌社に送った。
タイトルは「潜入レポ!希少部位の謎に迫る!」
しかし、その翌日、種村さんから牛タンの入った冷凍の小包とともに、一通の便りが届いたのだった。それは、旅館での一泊と交通費を含む、豪華牛タンフルコースのお誘いだった。雑誌はまだ発売されていない。一挙両得。俺はしめしめと再びあの町に向かったのだったが。
「これはどういうことですか?」
「どういうことって、池田さん。誓いましたよね、私と」
俺は両手両足を縛られ、全裸のまま、広いフロアーの牛タンたちの前に転がされていたのだった。種村さんはすぐ横にしゃがんで、にこにこ笑いながら、刷毛で俺の体に塩だれを塗っている。
「記事は出ませんよ。絶対裏切ると思って手は打ってありました」
「そんな。俺をどうするつもりなんですか?」
「殺したりはしません。ただ、牛タンたちの為にはなってもらいます」
「え?」
「舐めてもらうんですよ。鶏肉ばっかりじゃ飽きちゃうでしょ。ホントは生きた若い人間が一番いいんです」
「じゃ。種村さんは、はじめっから俺を」
「ええ。舐められ役がいなくて困ってました。前の人は大分長くやってもらってたんですが、遂に自分で舌を噛んで死んでしまいまして」
「牛ではなく自分の舌を」
「ははは。うまいこと言う」
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