午前八時

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

午前八時

 ベージュのコートに身を包みタクシーのテールランプをじっと見つめる。運転手は乗車から最後の目的地を知らせるまでずっと不審者を見る冷たい眼差しを向けていたが、多めのチップを手にした瞬間手のひらを返す様に運転席を離れ後部座席の扉を丁寧に開けた。  周囲を見渡すが彼の姿はまだ見えない。見失っている訳ではない。冷たい風が運ぶのは清々しいものでは決してなく、何処か埃にまみれた汚れたようにも感じさせる。そんな場所故に人影は一切無い。だから彼を見失う筈はないのである。 ふと見上げた視界の全てを高い塀が奪う。淀んだ風の原因の一つはきっとこれだろうと、意味のない答えを導き出した時、高らかな金属を引きずる音が響いた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!