午前八時十五分

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午前八時十五分

 小さなボストンバックを握りしめ深々と塀の奥に頭を下げると同時に再び高らかな金属音が響く。耳に残る濁音が消えた頃、周囲に静けさが戻った。 「彼だ……、間違いない」  思わず零した小さな声に気付く事の無い程に彼は俯きながらゆっくりとバス停へと歩む足が止まったのは、私との距離僅か三メートルの直近だった。 顔を上げ向き合う彼の眼差しは私の容姿を目にした直後半開きにした口を閉じることも出来ない程に驚いていた。 「あぁぁ……」 「久しぶり……」  一言の言葉を発する事無く、彼の怯え硬直した身体は動かない。当然の事だろう。七年前、自らがひき逃げし殺した女と同じ容姿の人間が目の前にいるのだから。  予想通りの展開に私は今朝見た鏡の表情同様に落ち着いていた。彼の弁解など聞くつもりは一切無い。私の妻も一瞬にして命を奪われたのだから。 「うぐっ」  鈍い音と同時に初めて放たれた彼の言葉は懸命に痛みを堪えるものだった。それでも執拗に肉を臓器をえぐる様に刃物を押し込む。力尽き行く彼の右手は女装した私の長い髪を剥ぎ落とし懸命に抵抗する。冷たい風が真新しい血生臭さを運んだ時、全てが終わっていた。 足元に広がる血だまりは絶える事無くまだ彼の身体からドクドクと流れ続ける。それでも地面に横たわる彼の指先は微かに動いていた。 「妻は……。助かっていたかも知れない。あのまま君が放置しなければ」  刑務所の裏通り、返事も出来ない程に死にかけた彼に向けた最後の言葉。 「今度は僕が君を置いていくよ」  
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