1 小料理屋『想』

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1 小料理屋『想』

 雪?  ひらひら、ひらひら。  どんより濁った鈍色の空から、粉雪が舞い落ちる。  今日は立春。けれど、強い寒気と冬型の気圧配置のせいで、今年一番の冷え込みになるでしょう。温かい格好でお出かけください、と天気予報で言っていたが、まさにその通りとなった。  広田八尋(ひろたやひろ)は、交差点の赤信号で立ち止まった。  冷えて感覚がなくなった指先に息を吹きかけ、手をこすり合わせる。ゆっくりと空を見上げると、ひたいに冷たい雪の欠片が落ちた。じわりと溶けた雪が、こめかみを伝って流れていく。  吐き出された白い息が、虚空へとのぼっていく。  暦の上では春とはいえ、真冬を思わせる冷たい風に、八尋は身を震わせマフラーを口元まで持ち上げた。  コートのポケットからちゃりんと、硬貨がぶつかる音が聞こえた。手を突っ込み、握った手を開くと、そこには350円の硬貨。これが今の八尋の全財産だ。 「はあ」  ため息をついて、肩を落とす。  仕事先が昨今の不況のあおりと、時代の流れにより突然倒産した。八尋が勤めていた会社は印章業で、以前から会社は危ないかもしれないという噂は、従業員の間で密かに囁かれていたが、いくらなんでも倒産はないだろうとみな、心のどこかで高をくくっていた。しかし、連休が明けたある日の月曜日。いつものように出勤すると、会社の入り口に〝お知らせ〟という張り紙が張ってあった。  目を疑った。二度見した。嘘だろう、と呟いた。  破産宣告の申し立てであった。  結局、社長は夜逃げ同然で消えてしまい、給料も解雇手当ももらえず、会社に置いてある私物も押さえられるという悲惨な状況となった。もっとも、取り戻すほどの貴重な物など、会社に置いていないが。  ショックは受けたが、心のどこかで、いずれこういう状況になることは予想していた。  嘆いている暇はない。それよりも早く次の仕事を見つけなければ。
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