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日が昇り、朝が来た。
セラは篤司に『汐来』という字をもらった。そして、篤司はちょっと行ってくると、部屋を出ていった。
しばらくすると篤司は帰ってきた。手にはお盆を持っている。
「お医者さんに驚かれた。昨日が峠って言われてたんだけど、ここまで回復するとは思わなかったって。……あ、これご飯。何食べるか分からなかったから食べられなかったらまた考える」
セラは目の前に置かれた物を見る。しばらく観察して口に入れてみると、とても美味しかった。
「良かった。食べられそうで。ここにあるスプーンっていうの使って。……こうするの」
篤司はやってみせたほうが早いと思ったのか、スプーンにご飯を乗せてみせた。セラはそれを受け取って食べる。セラは見様見真似でその後も使ってみせた。
「家の人たちには上手く汐来のこと説明しといたからあとで誰か来るかもしれない。汐来が喋れないことも言ってあるから」
篤司の言う通り、何人かの人がセラの元へ来た。途中で篤司はどこへ行くかを告げずに、部屋を出ていった。
部屋へ来た人たちは服を作るための採寸や、健康状態を診るための検診だったのだが、セラは何をされているのか分からなかった。
その人たちが帰るころには日は傾き、どこかへ出かけていた篤司が帰ってきた。
「疲れたでしょ。あんまり無理しないでって言ったんだけど、どうも楽しかったらしくて。女の子がいないから、はしゃいでたんだね」
そう言って篤司は笑った。
「明日は家の周りに出てみよう? 一日家の中にいたら飽きない? あ、車椅子借りてきたから歩かなくても大丈夫だよ」
車椅子というものをセラは知らなかったが、乗ってみると快適なものだった。歩かなくても移動が出来るのである。
ああ、夢みたいだ。セラは胸が熱くなった。泡になって消える覚悟が出来ていたのに。願いが叶った今ではこの夢が泡のように弾けないで欲しいと、願うようになった。欲と言うものは次から次にと湧いてくるのだと知った。
──しかしこの一ヶ月後、泡は弾けるのである。
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