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3.僕は君の恋人じゃないの?
コトが終われば、また主導権は翠に移る。あの時の翠は、とてもなまめかしく美しい。その妖艶さに僕は虜になっていて、いつも無理難題を振って来る翠の命令に逆らえないでいる。
結婚したら、僕が主導権を握れるのだろうか。僕は今大学の四年生だけど、春からは大手の商社で働く事が決まっている。エリートコースに乗るためには海外出張にだって応じなければいけない。翠のように美しく賢い妻が傍にいてくれたら、僕はどんなに大変な仕事だって乗り切れそうな気がする。
「翠……僕と結婚してくれない?」
僕に腕枕をされていた翠は、がばっと起き上がってこちらを見下げると、信じられない言葉を口にした。
「私、今度の六月に結婚するのよ。相手は開業医よ。ジューンブライドってやつ。だからハルとは結婚できないわ」
僕は頭をトンカチで思いっきり叩かれたかのような感覚になった。
結婚……? 翠が……? 翠は僕の恋人じゃなかったのか……?
「そ……そんな、翠は僕の恋人じゃなかったの?」
「私、あなたの恋人だなんて一度も思った事無いわ。だってあなたは私の従順な犬で、私はご主人様だもの」
「そ、そんな……僕はずっと君を恋人だって思ってた!」
その瞬間、平手打ちが飛んできた。
「君ですって!? どの口がそんな生意気な事を言うのよ! あんたは私の犬よ! 犬が人間と結婚したいだなんて百万年早いのよ!」
僕は……ぼくは、翠にとって人間以下のただの犬だったって事か……?
「僕は、翠にとって同じ人間じゃないの?」
「はっ! 犬が何を言っているのよ。あんたはただの私のペットで犬よ。何でも言う事を聞いて、どんなにみっともない事もして。私を抱くためならどんな愚かな事もしてみせる犬よ!」
瞬間、僕の中で何かが切れた。
僕は、気が付いたら翠の首を絞めていた。それも力の限り思いっきりだ。
「ぐ……ぐふっ……は……る……」
翠は目を見開いて口からよだれを垂らして、見たことが無いくらいの醜い顔で死んでいった。
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