折り返し地点のその先に

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折り返し地点のその先に

 朝ご飯はこの間買い出しのときに買ってきたパンを焼き、紅茶をチャイにして振る舞うオーソドックスなものになった。寒い日が続くと、パン食は意外とお腹が冷えてしまうため、チャイにはたっぷりとスパイスを入れて体を温めることにした。  今日は瑞鵺殿に向かうのだからと、皆でできる限り山歩き用の格好をすることにした。パンツスタイルにジャンパーを羽織り、得物を背負う。意外なことに、桜子さんは最近はずっと洋装だったのに、巫女装束に着物用コートの出で立ちになっていた。 「あのう……瑞鵺殿は結構坂の上にありますから、巫女装束で大丈夫ですか? 足とか痛くなりませんか?」 「問題ありません。陰陽師の修行の際に、山登りや滝行も行っていましたから」 「そうなんですか……」 「一応、陰陽寮の中でも、暦や星見司の職の場合は、そこまで激しい修行は行っていなかったんですよ。ただ退魔師のカテゴリーに入ったら、どうしても霊力を磨いておかなかったら、妖怪や魑魅魍魎を調伏できませんから」 「ああ、なるほど……」 「まあ瑞鵺殿は観光地にもなってる場所だから、近場には割と美味い蕎麦屋があるよ。要石の封印をきちんと施せた暁には、そこでお昼を食べようじゃないか」  うらら先生のパンツルックは珍しいけれど、ワンピース状態のセーターにスラックスであり、デニムは履いてないようだった。 「そのスラックス薄くないですか?」 「あー……私は結構肉付きがよ過ぎてねえ……デニムだったら入らないんだよ」  そう消え入りそうな声で教えてくれた。  ……うらら先生は太っている訳ではないけれど、局部局部がいちいち大きい。胸もだけれど、お尻もドーンと張っている。たしかに最近はXLサイズだって珍しくもなんともなくなったけれど、お尻以外はそこまで太ましくもないうらら先生では、ベルトを付けてもデニムではズルズルになってしまうだろう。  その点、スラックスの場合はシルエットも緩くなるから、そこまでうらら先生のお尻の大きさが目立つこともない。  私は気まずくなって「すみませんでした」と謝った。  今日はお弁当を持っていかなくって済んだだけあり、比較的荷物は軽めで、私たちは瑞鵺殿へと向かっていった。  そこは衣更市でも有名な観光スポットであり、お年寄り以外にも若い観光客が多く見られる。『破滅の恋獄』の世界でも、寺や武将が好きな人たちはそこそこいるらしい。 「問題は要石だけれど……今回はすぐに見つかったねえ」 「はい……」  今回は探すこともなく、瑞鵺殿の庭を見たら一発でわかってしまった。  庭を彩る枯山水。砂と石で表現する日本庭園でよく見られる石庭は、観光スポットである瑞鵺殿の境内の一部にもつくられていたけれど、そこであからさまに光っている石が見えるのだ。  これは先祖返りや退魔師以外では、枯山水で飾られる石程度にしか思えないだろうけれど、私たちはそこを吹き抜けてくる風が冬というのを差し引いても澄んでいるのに気付いている。ここには砂と石しかないせいで、いさらメディアパークのときのようにあからさまに変には見えないせいで、誰もわからないのだろう。 「どうしますか、桜子さん。あそこにわたし、近付いて……」 「やめときなって。寺の枯山水壊したら、観光客や寺の住職に怒られるよ。でもどうすんだい? こんな観光名所の目立つとこにある奴、どうやって治せば……」 「……残念ですが寺社に関しては、陰陽寮と管轄が違うので、説明すれば済む話ではないと思います」  桜子さんの言葉は硬い。なんか面倒臭いことがあるんだろうなあ、この言い方からして。私たちは顔を見合わせる。 「つまり、ここで人気が引いたところを見計らって、封印を施すしかないってことでしょうか?」 「ええ……ただ、いかに先祖返りとはいえども、寺社に関しては簡単に攻撃はできないかと思います。寺社には基本的に、どこも結界が施されているのが普通ですから」  それに私たちは顔を見合わせる。  先祖返りに効果があるものだったら私たちだって効果があるだろうに、特に体調が悪くなったりはしていない。 「私たち、なんにもないですけど……?」 「ああ、説明が足りませんでしたね。この結界は妖怪避けではありません。妖怪を調伏するもの……要は理性を奪わせないものと言えばいいでしょうか? 皆さんは私と契約していたり、体液を与えているので、特になんの影響もないはずです」 「なるほど……でも、それって衣更市全土に広げられなかったんですか?」  それだったら、陰陽寮の張った結界に綻びが生じたとしても、寺社の結界でなんとかなったと思うんだけどな。私がそう尋ねると、桜子さんは渋い顔で「先程も話しましたけど」と口を開いた。 「陰陽寮と寺社は管轄が違います。陰陽寮はいわば公務員だったんですが、寺社の裏には大概有力貴族や名門武将がいました。ここで迂闊に『力を貸して欲しい』と言えば」 「……公務員をいいように使われるって話ですか」 「大変に申し訳ない話ですが」  どの時代も大変だな。権力は持っていてもお金は持ってない公務員はどこもおんなじだ。お金を持っている権力者は大抵ろくでもないから、せめてお金だけでも取り上げないといけないのかもだけれど。 「となったら、夜に忍び込んで要石の修繕をするしかないかね?」 「そうなりますね……明日の予定がギリギリになるやもしれません」 「んー……ちょっと待って」  うらら先生は地図を捲って考え込んだ。  正直、一日ひとつは要石を修繕しないと、間に合わないのだ。衣更市が陰陽寮に殲滅されてしまう。瑞鵺殿の近くの要石を探して「ああ」とうらら先生は声を上げた。 「衣更市美術館。ここだったら、瑞鵺殿とそこまで離れてないし、大丈夫だろうさ。じゃあ、そうと決まったら今晩抜け出すためにも宿を探さないとね」  こうして私たちは、夜中に抜け出せるように、近場の宿を探すこととなった。  観光スポットになっているとはいえども、幸いにも観光シーズンから外れているため、探せば宿はなんとかなった。 「四人用ですと、少々手狭になってしまいますが……二人用のお部屋ふたつでしたらご用意できますが、どうなさいますか?」  宿屋の女将さんに言われ、私と桜子さん。うらら先生と風花ちゃんで部屋を取ることとなった。入った部屋は、外見に反してかなり綺麗だ。青いい草からはいい匂いがするし、部屋から山並みも綺麗に眺められる。 「綺麗……」 「ええ。でも夜に抜け出せるかどうかは」 「それは結構楽かもわかりませんね」  私が窓を開ける。窓だけ開けて、すぐに道路に出られる……ただ、私の運動神経だったらできるけれど、桜子さんはどうだろう。私はちらりと見ると、桜子さんは押し黙って「……ちょっと高いですね」と唸り声を上げる。  私は思わず桜子さんを抱きかかえた。お姫様抱っこという奴だ。それに桜子さんがうろたえた声を上げる。 「ちょ、ちょっと、みもざさん!?」 「うーんと、桜子さんの体重だったらいけると思います。私が桜子さんを抱えていきますから、桜子さんは私の神通刀持っててください」 「……あなたと使い魔契約してるんですもの。このままあなたとの戦いの連携も考えたほうがいいのかもしれないわね」  桜子さんがまたしても硬いことを言う中、私は思わず桜子さんを抱えたまま、さわさわとしていた。それに桜子さんは髪を逆立てる。 「ちょ、ちょっと! なに!?」 「……私、結構毎日ご飯を出していると思いますけど、桜子さんちゃんと召し上がってますよね? なんというか……軽くないですか?」  私はグラマラスなうらら先生や隠れセクシーな風花ちゃんと違い、正真正銘のまな板だけれど、それなりに食べている。桜子さんは私よりも肉付きはいいものの、いわゆるモデル体型という奴で、軽過ぎるのだ。  触っていても肉付きが思っているよりも柔らかくない。骨と皮ってほどではないけれど……。私がそのまま触っていたら、とうとう桜子さんが大きく振りかぶって頭突きをしてきた。そのまま桜子さんをべしゃんと落としてしまったものの、桜子さんは綺麗な受け身を取って、私に威嚇する。 「そういうのを、セクハラって言うのよ! ……陰陽術って、見てくれよりもずっと心身を削っているから、多分食事を摂っていてもかなり削られているんだと思うわ。あなたの食事、おいしいもの」 「……桜子さん。私、なにか他にもつくりましょうか!? 風花ちゃんはこのところずっと血を使ってくれているので、鉄分は多めとは考えてますけど。桜子さんが食べたいものも聞きたいです!」  私の言葉に、桜子さんは一瞬たじろいだように仰け反ったけれど。やがて小さく言った。 「……お肉」 「お肉、ですか?」 「……これ言うと可愛くないって言われるけど、本当はレバーとか、ホルモンとか、そういうのが好き。もつ煮込みとか」 「あー……」  たしかに、これは恥じらってなかなか言えないけれど。  桜子さんはいつもいつも、格好いいとか、凜々しいとか、そういう人だと思っていた。ゲームでだって、彼女のルートはいつも凜々しく皆を励ましている者だと思って読んでいたから。でも……今の恥じらいながら好きな食べ物を言う桜子さんは間違いなく。 「可愛いですよ」 「……はい?」 「可愛いです。桜子さん。わかりました。皆に相談しながら、レバーでなんかつくりましょう!」 「……わざわざ皆を巻き込まなくっても」 「結構お酒とかに合うレバー料理とかもありますし、風花ちゃんの鉄分対策もできて一石二鳥とか三鳥とかですから。お任せください!」  私の言葉に気圧されて、とうとう桜子さんは破顔した。 「みもざさん……あなた、結構変な人ね」 「はい、そうかもしれません」  この人がいっぱいいっぱいになっているのを見てしまったせいだろうか。  今の私にとって、桜子さんがどうしようもなく、可愛く見えてしまっている。
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