三寒四温に恋は進む

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三寒四温に恋は進む

 宿に戻った私たちは、ぐーすか寝てから、朝に食事を摂る。  本当に飛び入りで食べたのにいいのかなというくらいに、朝から炊きたてご飯にたくさんの小鉢の朝ご飯をいただいてから、宿を発つ。  桜子さんはというと、ずっと電話をしている。おそらくは陰陽寮と寺社で話し合いを行えということだろう。今までは仲春くんがその辺りのバランサーだったんだろうけど、彼がいなくなってしまった以上はお偉いさん同士で話し合ってもらわないと、ここに住んでいる先祖返りが困る。  ようやく電話が終わった桜子さんは「はあ……」と息を切らしていた。 「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」 「ええ……寺社もそうだけれど、陰陽寮も頭が硬い人が多いから」 「本当だったら、先祖返り側からも人が出せたら、もうちょっと話し合いができるかもしれないんですけど」 「さすがにそれは無理なんじゃないかしら。理性が蒸発せず、話し合いに応じられるのは、みもざさんたちしかいませんもの。そもそもみもざさんは、現状私の使い魔ですし」 「ああ……そうですね」  私たちが学校を一週間ほど休んで、要石の修繕と結界の修復作業に当たっているんだから、本当だったら私たちが話し合いの席に出られればいいけれど……同時に先祖返りたちがどれだけなにもしてない一般人に迷惑かけているかも知っているから、陰陽寮側からしても寺社側からしても「殺せ」以外に言ってはくれないだろう。  それはそれで悲しいなと思いつつも、坂を越えて電車に乗る。  衣更市美術館。現代アート中心に展示されていて、正直言って現代アートがよくわかっていない私にとってはちんぷんかんぷんな場所だ。そこに要石が展示してあり、そこに風花ちゃんは血をそっとかけてから修繕を終えた。  今までどれだけ先祖返りに邪魔されたのかわからないのに、今日に限ってはいきなり襲われることも、騙し討ちにされることもないスムーズさだった。 「あのう……わたしはかまわないんですけど、先祖返り、来ませんでしたね? 結界の修復が進んでいるせいなんでしょうか?」 「……そうだといいんだけれど、今までこんなことがなかったから、釈然とはしませんね」  風花ちゃんは心底ほっとしている中、桜子さんの表情は硬い。  結界が完全に修復できたら、この憂いもなくなるんだろうか。そしたら風花ちゃんもうらら先生も元の生活に戻れるし、私は……桜子さんについて衣更市を出て行くことになるんだろうなと思うと、少しだけ鼻の奥がツンとする。  私たちがしんみりした状況になっている中、うらら先生がパンパンと手を叩いた。 「はいはい、センチメンタルなのは結構だけど、昨日さんざんごたついたんだから、今日くらいは楽できていいじゃないか。それじゃあ、さっさと帰ろう」 「あっ、わたし。ご飯の材料買いたいです」 「私も」 「そっかそっか。なら麦秋も、一緒にまた酒を買いに行かないかい?」 「私そこまで強くありませんってばぁ」 「大丈夫大丈夫。強くなくっても美味い酒はいくらでもあるよ」  そう言いながらうらら先生は桜子さんを連れて行ってしまったので、仕方なく私と風花ちゃんでしばらくの材料を買い足すことにした。  あまりに楽しくて、この楽しい日がずっと続けばいいのにとどこかで思っている自分がいるけれど、この日々が終わらないと衣更市が終わってしまうんだと考えたら、そんなことも言い出せずにいる。 「あれ、みもざちゃん今日はレバーとか多いですね?」 「うーんと、レバーのテリーヌに挑戦してみようかなと思って。うらら先生や桜子さんが飲んでいた日本酒に合うんじゃないかと思って。あと、風花ちゃんがこのところずっと出血しているから、レバーとか鉄分摂れるもの食べたほうがいいかなとなんとなく」  まさか桜子さんが好きなものがスタミナ系だからとは言えず、長々と言い訳をしてしまうけど、風花ちゃんは「そうなんですねえ?」と首を捻りながらも了承してくれた。ありがとう、ありがとう。  とりあえずテリーヌ用に使うレバーや豚ひき肉に加え、仲春邸だとあまり見かけなかったスパイス類、ベーコンも買っておく。テリーヌだけだったら食べにくいよなあと、フランスパンとレタスも買っておいた。多分サンドイッチにして食べたらおいしいんだと思う。  私が他にどうしようかなと考えている中、風花ちゃんにこそっと声をかけられた。 「……もしかして、桜子さんの趣味ですか?」  思わずギクリとした。 「……好きな食べ物聞いただけだから。あと、お酒のあてとか」 「ならもつ煮込みとかでもいいですよ? わたしも鉄分摂れますし、お酒にも合いますし」 「私はそれでいいけど……風花ちゃんも付き合ってくれるの?」 「うーん……そうですねえ。なんというか、わたしはみもざちゃんが明るくなってくれたのが、嬉しいので。応援できるだけ、応援しますよ」  どれだけ風花ちゃんに迷惑かけてきたんだろう。私は申し訳なくなり「ありがとう……」と言いながら、風花ちゃんに食べたいものを尋ねた。風花ちゃんはふんわりと「みもざちゃんがつくりたいもの」と答えて笑ってくれたので、私はそれにならった。  私たちが家に帰ると、もううらら先生と桜子さんがベロベロに寄ってしまっていた。どうもまた違う酒蔵でお酒を買ってきたらしく、この間飲んでいたものに比べれば、匂いが少しとんがっている気がする。 「もーう! うらら先生飲み過ぎです!」 「あはははは……いやあ、今回も大当たりでねえ。悪いねえ、未成年」 「そりゃそうなんですけど! あても食べてから飲まなかったら体に悪いですよ!」 「……おいしかった」 「桜子さん!?」  風花ちゃんがうらら先生に怒る珍しい光景を眺めつつも、私は真っ赤な顔で机を枕にしている桜子さんを眺めた。相変わらずお酒があまり強くないらしく、目もとろーんとしてしまっている。  私たちは溜息をつきつつも、とりあえずテリーヌをつくりはじめた。材料を捏ねて塩胡椒で引き締めてから、蒸し焼きにするのだ。  蒸し焼きにしている間に、フランスパンを薄く切っておき、マヨネーズとマスタードを混ぜたソースをつくっておき、蒸し上がったテリーヌを冷ましてから薄切りにする。レタスも洗って水気を切ってから、それらを重ねてソースも挟み、サンドイッチにしておいた。  それを差し出した途端に、うらら先生は「うめー」と言いながらむしゃむしゃ食べはじめてしまった。情緒がないなあ。  風花ちゃんが「うらら先生、羽目外し過ぎです!」と悲鳴を上げている中、私は桜子さんにサンドイッチをあげていた。 「あのう……桜子さん、食べられますか? リクエストのレバー使ったサンドイッチですけど」 「レバー挟んだんですか?」 「そのままじゃないですよ。テリーヌにして切ってから挟みました。多分おいしいんじゃないかと。食べますか?」 「たべるー」  彼女は口をあーんと開いた。桜色のリップの塗られた唇に、綺麗な真珠色の歯。やっていることが子供じみていることに苦笑しつつも、私はサンドイッチを「あーん」と言いながら差し出すと、もちゃもちゃと食べはじめた。 「……おいしい」 「よかったです」 「はい、みもざさんも食べて」 「そりゃ、私も食べますけど……」  言っている傍から、彼女はいきなり私の上に馬乗りになったと思ったら、さっき食べさせたはずのサンドイッチを唇越しに押しつけはじめた。  そりゃ、体液もらう際に口移しでもらっていたとはいえど、風花ちゃんや酔っ払っているうらら先生の前で口移ししなくってもいいじゃないか。お酒の味がするし、テリーヌの味もするし、おまけになんか甘いのはなんでなのかがわからなかった。  うらら先生を「ちゃんとしてくださいよお」と説教していた風花ちゃんは、こちらの口移しを見た途端に顔を真っ赤にして伏せてしまった。それにうらら先生は酔っ払って上機嫌なまま「やるねえ」と妖艶に笑っていた。  私は桜子さんに抗議のつもりでトントンと胸板を叩いたら、とろんとした目で、桜子さんは口元から唾液を垂らしながらこちらを見下ろしてきた。 「あなたは……私の使い魔ですから」 「わかってますよ……そんなことは」 「……嫌だ、もう駄目だって思っても、もう話してあげたりなんか、しませんからね……」 「いや、泣き言言いませんけど」 「……帰ってきても、あげませんからね」 「え……?」  最後のひと言だけ意味がわからないと思っていたら、そのまま私を下敷きにしたまま、桜子さんはグーグーと寝てしまった。  意味がわからない。私はなんとか桜子さんの下から抜け出すと、風花ちゃんに「酔っ払ってますから、寝かしつけてきますね」と言うと、風花ちゃんは大きく頷いた。 「残り三カ所ですし、その間だけでも、禁酒してもらいましょうか」 「そうだね、それがいいですね」  桜子さん、酔っ払った勢いでしたこと、覚えてないといいけれど。基本的に生真面目な人だから、覚えていたらきっと恥ずか死してしまう。  そしてなによりも……最後の言葉が気になった。  桜子さん、私たちが買い物している間になにかあったのかな。考えても埒が明かず、私たちはふたりをそれぞれ寝かしつけ、ふたりでサンドイッチを食べてから寝ることにした。  明日はどこに行くんだろう。そういえば聞いてなかったなと考えながら。
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