ハッピーエンドに蹴り上げろ

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ハッピーエンドに蹴り上げろ

 鼻が痛くなるほどの冷気が薄れていった。  私はなにも変わらないけれど、「みもざちゃん……!」と声を弾ませた風花ちゃんがこちらまで走ってきた。  そのままボスンと抱き着いた風花ちゃんは、泣いていた。 「風花ちゃん……どうしましたか?」 「わたし……霊力、消えたの……結界が……!」 「よかったぁ……よかったね、風花ちゃん」 「はい……」  彼女は無事に人間に戻ることができたんだ。  結界が再び張り巡らせられたのだから、もう衣更市を殲滅させる理由もなく、陰陽寮も監視の人たちだけを残して撤退するだろう。  退魔師の人たちも、地元の守護に戻るだろうからカリカリしないだろうし。  私たちがすすり泣きをしながら抱き合ってるのを「あのさ……」と仲春くんが気まずそうに声をかけた。  それに風花ちゃんは一瞬ビクンと肩を跳ねさせて私に抱き着く力を強めるのに、私は慌てて「もう仲春くんは大丈夫だから!」と声をかけた。  仲春くんはボリボリと髪を引っ掻いた。 「……照日、どうなったか知ってるか? 迎えに行きたいんだけど」 「あ……照日さんは、今、桜子さんとお話ししてましたよ。あの……おめでとうございます?」 「……うん。ありがとう。あと、本当にごめん」  そう言いながら、仲春くんは私たちに頭を下げた。 「相談せず、勝手に突っ走って」  私たちはこれにどう反応をすればいいのかがわからなかった。  仲春くんが言った通り、照日さんが消えてしまうのと町ひとつの殲滅を天秤にかけ、照日さんを取った末に逃げてしまった彼。  後始末はほぼほぼ私たちがやったようなものだけれど、ここで謝罪をもらったのだから、もうこれでいいような気もする。  それに私が言いたいことのほとんどは、もう戦いながら言ってしまったから、これ以上言葉を重ねるのは、ただのリンチなような気がして言えることがなかった。  困り果てた末に、風花ちゃんがようやく口を開いた。 「それは一番体を張ってくれたうらら先生が目を覚ましたら、直接言ってください。おふたりがどこに行くのかはよくわかりませんけど……せめて先生の顔を見ていく時間はあるでしょう?」 「……うん」  なんだかほっとしたような、がっくりしたような顔をしたけれど、私たちはそれを見なかったことにした。  本当だったら、きっともっと責められたほうが仲春くんにとっては楽なんだろうけれど、楽なんてさせてあげない。  彼が優しい人だと知っているからこそ、やらかしたことを反省して欲しいから、わざとそのことにこれ以上触れないように接して、彼の良心の呵責にさいなまれるのを眺めていよう。  いなくなってしまったあの子に対する仕打ちは、それで手打ちにしておく。  やがて、桜子さんと照日さんが降りてきた。 「お待たせしました……照日さんの分霊処置、終わりました」 「主様……!」  照日さんは階段から飛び降り、そのまま仲春くんに抱き着いた。  バランスを崩して、仲春くんは倒れる。 「照日ー! お前高いところから飛びつくのはやめろよー!」 「照れるでない照れるでない。まさか……全部乗せで幸せを勝ち取ることができるとは、思いもせんなんだ」  そう照日さんはしみじみと言った。  そのひと言で、なによりも報われたような気がした。  私が桜子さんと契約し、この町の平和は守られた。そしてなによりも。 『破滅の恋獄』の恋獄ルート後の平和が確約されたのだから、これでいいような気がする。  私がほっとしている中、桜子さんが手を叩いた。 「とにかく、これ以上ここにいたら、警備員の皆さんが動き出すかと思いますので、モーニングの食べられる店に移動しましょう! 麦秋先生も回収しなければなりませんから」  彼女の真っ当な言葉で、私たちは衣更城から慌てて退却することとなった。  既に空は明るみ、朝焼けになっていた。 ****  モーニングを食べながら、私は桜子さんと話をしていた。 「それじゃあ……朝食後にうらら先生を回収したら、すぐその足で東京に出るんですね」 「ええ……急で申し訳ありませんが。みもざさんのご家族になにか言いたいのであれば、その時間は取りますが」 「うーんと」  一応、この一週間は学校を普通に休んでいたけれど、私はさっさと退学届けを出していた。  あまりにも暴力的な娘が自虐的になった末に、保健室登校を繰り返して教室に戻らなかったのだから、多分相当の親不孝者だろう。  先祖返りの衝動の抑圧方法を、衝動が全く出なかった人たちでは対処方法がなく、専門家にお任せすることになったと思ってもらえるようにしなければならない。  私はヘロヘロの言葉で、その旨を伝えると、桜子さんは顔を曇らせた。 「みもざさん……あなた、本当に自己犠牲が過ぎませんか?」 「そういうのじゃ、ないです。私……小さい頃に男の子たちを病院送りになるまで殴り続けましたから。私は多分、暴力を振るわないと生きられませんけど、振るう先を選ぶことはできると思いますんで」 「そうですか……」  桜子さんはなにか言いたげな顔をしたものの、モーニングのパンとスープがおいしいなと誤魔化してしまった。  ホテルまで行き、うらら先生の封印を解除したら、ようやっとうらら先生はほっとした顔で目を覚ました。風花ちゃんは泣きながら抱き着き、それを見ながら私は息を吐いていた。  多分、これで大団円になるんだと、そう思ったから。 ****  東京に向かうため、私は本当に久しぶりに家に帰った。  問題児の私は保健室登校ではあったものの、両親共働きだったために、それに対して親が呼び出しを受ける回数も少なかった。  そこに後ろめたく思いながらも、スーツケースに服をまとめる。神通刀なんて、普通の方法では銃刀法違反に引っかかって飛行機とか乗れないんじゃと言ったら、桜子さんが「新幹線で行くので問題ないです」と言われた。  陰陽寮。権力もお金もそこそこあるんだなあと、少しばかり感心してしまった。  荷物をまとめていたところで、家のチャイムが鳴った。魚眼レンズを確認したら、桜子さんが迎えに来たのだ。 「はあい」 「……ご家族とお別れしなくって、よかったんですか?」 「うち、もうボロボロでしたからね。今更どうこうすることも」 「……そうですか」  カラカラカラカラ。そこまで荷物を詰めたつもりはなくっても、服を入れたらどうしても嵩張ってしまい、カートに入れていた。 「みもざさん。私ずっと考えてましたけど」 「はい?」 「……なんでしょうねえ、あなたは簡単に日本刀を振り回せるほどの腕力を持っていて、その力を下手な場所に向けたら暴発させてしまう。なのに、あなたのメンタルはやけに自虐的なの。それに付き合う気はあるんですよ」 「ありがとうございます……?」  でもこれ、多分桜子さんは褒めてないよなあと思う。  桜子さんは続けた。 「……私と契約したのだって、風花さんや麦秋先生を守るためだったし、発端の仲春さんや照日さんすら許してしまった。その辺りのあなたの善性は素敵だと思うんですよ。でも。私だけはどうにも納得がいかないんですよ。あなたばかりが割を食らっているように見えて」 「私……好き勝手なことしかしてないですけど、そう見えてしまっていますかね?」 「そう見えてしまっていますね」 「……これを言ってしまうと、なにを言っているんだと思われるかもわかりませんけどね」  私は遠い目になった。  いい加減、桜子さんには伝えたほうがいいのかなと、口を開いた。 「……私はみもざではあるんですけど、みもざではないと言ってしまうと、意味がわかりませんか?」  桜子さんは黙った。これは肯定と取るべきか否定と取るべきかわからなかったけれど、私は言葉を続けた。 「あの子は、いろんなことを諦めた結果、いなくなってしまいました。起きたときには、私がみもざになっていましたし、あの子の身に起こったことは全部私も知識としてはあるんですけど、経験としては残ってないんです……私は罪悪感がずっとあります。最初はいなくなってしまったあの子に替わって、なんとかして生き直さないとと焦っていたんですが、まさかそれを全部自虐的とか自己犠牲とか取られてしまうと思ってなかったんですね……」  まさかこの世界をゲームとして、全部のルートのことを知っている。みもざが死んだショックで前世の記憶を取り戻してあたふたすることになってしまったと、本当のことが言えず、傍から聞くと人格が分裂した末に片方がいなくなってしまったようなあやふやになってしまった気がする。  しばらく黙っていた桜子さんは「はあ……」と溜息をついた。 「あなたの言いたいことはなんとなくわかりました。あなた、失恋する前から情緒不安定でしたし、失恋したあとはなんとなく人が変わったような気がしてましたから。あなたがそう証言しているんだったら、そうなんでしょう」 「……隠してたつもりでしたけど、わかりましたかね?」 「しばらく一緒に過ごしてましたからね……私だけじゃありませんよ。風花さんも麦秋先生も普通に心配なさってました。仲春さんが気付かなかったのは、単純にそれどころじゃなかったからでしょう。照日さんは薄々気付いていたみたいですが」 「ええっと……なんかすみません。心配させてしまって」 「ただ、同時にほっとしました」 「はい?」  桜子さんはいつものような眼差しでこちらを見てきた。  凛とした佇まいは背筋を伸ばさせ、まだ裸の冬の桜を思わせた。 「あなたが自己犠牲でやったことではないと、あなたの口から聞けて。それじゃあ、行きましょうか」 「あ、はい」 「……あなたはこの先も、自分を許せないと自虐的な考えをするかもわかりませんが、そんなこと私が許しません。あなたは幸せになるんです。これだけ頑張った人が幸せになれない世界なんておかしいですから」  その言葉に、私は思わず胸が高鳴った。  ……多分一番欲しかった言葉だったような気がしたから。  幸せになりたい。それは抽象的であやふやな言葉だけれど、たしかに欲しかったもの。その幸せは、人とはたしかに形が違うかもしれない。  ただ、そんな私に理解を示してくれた人に出会えた。私の自虐を「許さない」と言ってくれた。  それだけで、もうちょっと生きてみたいと思えた。 「はいっ」  気付けば私たちは、駅まで一緒に駆けだしていた。  負けヒロインはそのまんまシナリオから退場し、なかったことにされてしまうなんてありえない。  その先も幸せになる権利が、たしかにあるんだから。 <了>
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