結界の修復方法

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結界の修復方法

 蔵には古い錠前がかかっていたものの、それ以外は普通のようだった。念のため桜子さんが式神を飛ばして確認をしてくれた。 「……退魔の仕掛けはなさそうですね。ですから、皆さんが入っても大丈夫なようです」  それに半分はほっと胸を撫で下ろし、半分はもやもやしたものを抱えながら、私たちは中へと入っていった。入っているものは、どれもこれも古いもので、私たちだとそれらの価値がよくわからなかった。  ただうらら先生は「ほう……」と声を上げていた。 「うらら先生?」 「本当に仲春も、ずいぶんと溜め込んでたみたいじゃないか。これら、全部平安時代由来のもんだから、金銭価値はなくっても、文化価値は京都や奈良の発掘物と遜色ないよ?」 「そ、そんなの一見しただけでわかるもんなんですか?」 「私もね、保険医の免許取る前は、バイトで京都の発掘作業に携わったことあるから」  そういえばそうだった。  うらら先生も自分自身の持つ、妙に男の人を引き寄せてしまう体質に疑問を持って、自分探しの旅として古今東西の古い物について調べていた時期があったんだ。  結果として、衣更市が妖怪の流刑地だと知り、私や風花ちゃんみたいな先祖返りの力で苦しんでいる子たちを支援するために、保険医のほうに進路を変更したんだった……この辺りの話は、うらら先生のルートに入らないと全然見えてこない部分だった。  またしても、もういない仲春くんのことについて思いを馳せそうになったのを、無理矢理引っ込めてから、私たちは慎重に中身を確認しはじめた。  桜子さんは陰陽師だけれど、古文を読む能力はあまりないようで、その辺りは専らうらら先生が解読してくれた。私と風花ちゃんは手分けして、蔵の中でめぼしそうなものを探してきて、どうにかうらら先生が読めるように仕掛ける。  私は私で、『破滅の恋獄』の中で、どうやって衣更市の結界の維持の方法を知ったんだかの記憶を探りながら、蔵の中を見回していた。ノベルゲームだと一度場所を移動したらスチルでもない限りは背景としてゲーム画面に映った場所以外の情報はおろそかだ。どうしたものかと思いながら、記憶を探っていて気付いた。  ……たしか、照日さんが衣更市の結界の修復に必要だって記述は、古文書を発見して見つけたんだったけど、ゲーム内でも、その封印の部分以外の確認をしていなかったと思う。そしてその肝心の古文書はどこなんだって話なんだけれど。  そうこうしている内に、桜子さんとうらら先生はなにかを広げはじめた。古文書ではない。 「それ、なんですか?」 「平安時代に、まさかこんな精巧な地図があるとは思っていなかったんだがなあ……」 「日本地図も江戸時代になってから完成されましたしね」  そう言いながら広げているのは、衣更市全域の地図だった。  たしかに衣更城が中央にあり、そこから城下町としての衣更市が広がっている。その中で、赤い点が地図に書かれていることに気付いた。 「これって……結界のある場所ですか?」 「結界自身は、衣更市全域にあるから関係ないんですけど……これは」  なにかに気付いたらしい桜子さんは、自分の手持ちの手帳を引っ張り出すと捲りはじめた。 「……やっぱり。これは衣更市を妖怪の流刑地にするときに、当時の退魔師が置いた要石を設置した場所です」 「要石?」 「結界を発動させるときに、霊力を溜め込むために配置するんです」 「じゃあ、この結界の修復させるのに、要石に力を溜め込めばあるいは……」 「……待ってください。早計ですから、古文書を発見して、照らし合わせましょう」  ……この情報は、ゲームのどのルートにも出てこなかった話だぞ。私はなにかが変わりそうになるのにドキドキしながら、古文書の捜索に戻った。  やがて。 「あ、あの! これですか!?」  風花ちゃんがひとつ、古い桐箱を見つけてきた。  それを恐る恐る開けてみたら、【衣更流刑地結界】と古臭い字で書かれていた……これで当たりらしい。  それをうらら先生の前に置くと、彼女は目を通しはじめた。 「……なんだい。あの子ずいぶんと気が動転してて、全部読めなかったんだね。たしかに一週間でギリギリできるかできないかだけれど、そこで私たちの運命が変わるかもしれない」 「なんと書かれてるんですか?」 「結界の起動方法と、結界に綻びが生じたときの対処法だね……要石を並べ、それを龍脈と見なして霊力を込める。これにより、結界は起動する……万が一結界に綻びが生じ、内部に存在する住民たちが暴れはじめた場合、結界の守護神である照日の力を持って、その住民たちを鎮圧すること」  要石の部分は初耳だけれど、結界の綻びの部分がゲーム内と同じだ。  私は固唾を呑んでうらら先生が古文書に視線を落としているのを見守っていた。風花ちゃんも桜子さんも、それをじっと眺めている。 「結界に綻びを修復するには、守護神照日の持つ全霊力を注ぎ入れること。守護神照日は結界の守護のためにつくられし式神であるがゆえ、ここで一度霊力を全部注げば肉体を維持できなくなり、霊力が回復するまでの間、眠りにつく……もし照日が眠りについた場合、もしくはなんらかの理由で照日が存在できなくなった場合、衣更全域に配置せし要石に霊力を注ぎ込むこと。霊力を満たして三日で、結界は修復に至る」 「……これって!」  こんなこと、ゲーム内でも語られなかったことだ。もしこれができると判断したら、仲春くんだって私たちに相談して、要石を探し回っただろうに。  それに「……たしかに、仲春くんができないと判断するのもやむなしだったかと思います」と硬い声で桜子さんが言った。 「どうしてですか? 要石に霊力さえ込めれば、結界が修復するし、照日さんだって死ぬことは……」 「要石のある場所ひとつひとつが、なかなか難しい場所ですから」  そう言いながら、先程見つけた衣更市の地図を取り出す。 「衣更城、衣更市博物館、衣更市天文台、衣更野原公園総合運動場、瑞鵺殿、いさらメディアパーク、衣更市美術館。計七カ所。ここに要石があります」  どこもかしこも、衣更市民だったら学校の遠足やら行事やらで訪れたことのある場所だ。いったい仲春くんは、なにを無理だって思ったんだろう。 「どこもかしこも、人に開放された場所で、先祖返りであったら要石に霊力を込められてしまったら自分たちが自我を外に出せないと判断したら、邪魔されます。私たちの人数は今は四人しかいないし、仲春さんたちがいたとしても六人しかいません。要石に霊力を込めたあと、邪魔されないように破壊されないように維持するのが、困難なんです」  ……たしかに、結界が修復されたら困る先祖返りもいるし、結界の修復を一回で決着つけるならともかく、時間をかけて修復しようとしたら邪魔する人たちもいるのか。  でも……。  そこで風花ちゃんがおずおずと声を上げた。 「で、でも……わたし。人間に、戻りたいです……嫌です。このまま、死ねずに残されるのは……人魚の血、とかで。なんとかならないでしょうか……?」  風花ちゃんはじんわりと涙を目尻に溜め込みながら訴える。  でも風花ちゃんの持つ人魚の血は、有機物には効くけど、無機物には効くのかな。 「……人魚の血は、要石自体には効果がないと思います」 「そんな……」 「ですけど、霊力だったらどうでしょうか? 霊力はいわば精神エネルギーで、私たちが心身回復してもらっているのと同じで、回復できるかもしれません。要石自体に簡易結界を張って、人魚の血で維持するというのでしたら……」 「あ……!」  途端に風花ちゃんは笑顔に戻った。  どのみち、全七カ所で、一日一カ所要石に霊力を溜め込んで期限ギリギリのはずだ。うらら先生はおっとりと言った。 「それじゃあ、要石に一日一カ所ずつ霊力を込めていく。それで陰陽寮は納得してくれるんだね?」 「はい……そのはずです。陰陽寮も人間の安全さえ維持できれば、衣更市全域を総攻撃して殲滅するような真似はしないはずです……期限に間に合えば、ですけれど」 「……間に合わせましょう」  どのみち、結界修復が完了しない限り、私たちが生き残る術はない。  仲春くんはどうして皆で結界を修復しようと言ってくれなかったのかはわからないけれど。これができないと、私たちに未来はない。  私たちは……まだ死にたくはないから。 「いいえ、間に合わせます。桜子さん。そう陰陽寮にお伝えください」 「……みもざさん。変わりましたね?」  変わってなんかいないよ。  みもざは恋破れて死んじゃったし、私の意識だけが残っただけだもの。ただ、折角人生やり直せる機会だったのに、なにもできないまままた死ぬのが嫌なだけなんだ。  もう、死にたくはないし、死なせたくもないから。  こうして、私たちはどこから要石の修復をはじめるかの意見交換をしてから、食事に向かうことにした。  まだなにもはじまってないし、終わってもいない。
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