2. 初キャンプと問題児

13/17
前へ
/55ページ
次へ
* 「紫月くん!バームクーヘン食べに行こ!一緒に!」 クラスメイトのちっちゃい子たちが しづ の腕をくいっと引っ張った。「霜月ばっかりズルい!」 と日頃からぷんすこ怒っている小動物たちはどうやら しづ と仲良くなりたいらしい。今だって 「絶対ついてこないでよ」 という目でこちらを見ている。小さいから全然怖くないと言ってしまえば、「小さくないもん!」ときっと怒り出す。 いや、小さいし まぁ、俺もそこまで餓鬼じゃないので いってらっしゃーい の気持ちも込めてひらひらと手を振ってやった。だって しづ がちょっとワクワクした表情でこっちを見ていたから。俺はそんな表情をしてる しづ に対して 「ダメ」 なんて言えない。言えるわけが無い。 「ショタが手繋いでる!可愛い!!ぎゃん萌え!!」などと宇宙語を話しているカノを思い切り蹴り飛ばしてから、宇野先輩の方に近づく。 「宇野先輩」 「んぁ?なーに?」 「日笠がしづに目を付けました」 ゆるゆるとそんな雰囲気を纏いつつ そういった遊びには一切手を出していないこの人が、何時になく真剣な表情をして見せた。 「あー…だね。アイツ、お前に惚れてるし」 「まじで勘弁して欲しいんですけど…」 「西園寺くんかぁ…そうだね…うん、あの子は少し心配なところが多いかな。時東と同室ってだけでそれなりに目は付けられてるから」 「ですよね」 しづ もとい 西園寺紫月 は今の学園の中で一番話題に上がっていると言ってもいい。風紀委員会副委員長の時東楓の同室だと広まったあの瞬間に しづ はこの学校でかなり危ない立ち位置にいた。普段の生活の中で しづ を見ている人間の目に嫌気がさす。 しづ がそれに気づいているかは分からないけど、明らかに恨みの籠った視線は浴びてて気持ちの良いものではない。 今、しづが誰からも手を出されていないのはそういう環境に置かないようにクラスメイトが守っているからだった。当然、本人にはバレないようにみんな上手くやっている。 「アイツが動けば、他の男も動きますよ」 「親衛隊持ちにはもう一度注意するように言っておく」 「頼みます。俺も極力しづの傍から離れないようにしますけど」 しづ は友達だ。大切な友達。こんな学園の謎の風習なんかで絶対に傷ついて欲しくない。純粋で可愛い何処にでもいるような男子高校生。真っ直ぐに育った性格の良い男の子。 『父親』という存在に少し脅えていて、キスをするような恋人では無いけど大事な人が2人いて、素顔が見えないように前髪を長くしているだけの普通の男の子。 『友達いないから』 しづ の昔はきっと何か重いものを抱えてる。 だから しづ は今でも友達を信用できていないし、俺が 「友達」 って言う度に困ったような表情を見せている。たぶん本人はきづいていないけど。 誰かに優しくされることに慣れてない。 無償で何かを与えられることにも慣れてない。 俺だけじゃなくて えーちゃんとカノ も気づいてる。 けど誰も何にも聞かない。 別に聞き出すつもりはないし 「しづ かわいい…」 手作りのバームクーヘンを口いっぱいに入れて、リスのように頬を膨らませている姿を見て へにゃ と俺は何とも情けない顔をしているだろう。 しづが可愛すぎるのがいけないと思う 「前から思ってたんだけど 君のそれってさぁ… どっち なの?」 宇野先輩とは何だかんだで4年くらいの付き合いはある。中等部から一緒なのだから当然だけど。 先輩からしてみればやはり今の俺はだいぶ珍しいらしい。俺でもそう思う。 中等部でのある一件から俺は他人があまり信用出来なくなった。まぁ、元々 他人を信用するのが難しい人間だったのにそれに拍車がかかったとでも言うべきか。 幼馴染みのえーちゃんと ここに来てから仲良くなった カノ。あとは4組のクラスメイトと部活のメンバーくらい。 少数でよかった。 大人数を侍らせたい訳では無かったし、むしろきゃいきゃいと騒がれるのが苦手だったから。 それが今は西園寺紫月という1人の子に自分でもビックリするくらい執着している。 「しづは友達だよ。 俺さぁ…しづの1番最初の友達なんだって」 執着していると言っても そういう意味 ではない 彼女でも彼氏でも しづが本当に好きだと思う人と付き合いたいと言うのなら別に応援だってできる。 そいつがしづを任せるのに充分な人間かどうか見定めはするけど、しづを取るなとかそういう風には思ったりしないんだろう。 「しづは可愛いでしょ」 「はいはい分かった分かった」 しづに彼氏が出来たとしても、俺は友達として一生 傍に入れるんだし。 どうでも良くない? 鈴鹿と楽しそうに話している しづ がこちらを見た。目が合ったのが嬉しくて、ひらひらと手を振ると、ぴくっと一度震えた後に ぎこちなく手を振り返してくれる。 「あ〜かわいい」 ほんと あの子のためなら何だってできる気がする
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

288人が本棚に入れています
本棚に追加