3. 俺の友達だけど文句ある?

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 飲み物を買ってくる、と越前くんは自動販売機のある方に向かい、神井くんは「ちょっとトイレ行ってくる!」と言って走っていった。試合後のミーティングを終えて、他の部員たちはバスなどで学校に戻ったらしいが、永久くんは「友達がいるから」と部長に告げてこちらに来ているらしい。戻って部活があるわけじゃないから、別に何も言われなかった、と。 二人を待つために通路の隅の方に寄った。エナメルのバッグを床に置き、永久くんは壁に背をつける。壁に凭れ掛かっているだけだというのに、妙に様になっていて何故かドキドキしてしまった。周りにいる女の子たちも黄色い感性を上げながら永久くんの方を見ている。 「でも…うん、良かった」 「何が?」 「んー、しづが思ってた以上に楽しんでくれてて安心した」  いや~結構無理矢理誘った感じもあったから、心配してたんだよね…と言って永久くんは笑った。その顔は本当にどこか安堵の表情を浮かべていて、そんな不安にさせてしまていたのかと心の中で少し反省をした。 「俺、初めて見たけど楽しかったよ…!」 「うん、すっごい伝わってきた。珍しくテンション高かったもんね」  ついさっき珍しく興奮してしまっていたと自分でもよく分かる。急に恥ずかしくなって、俯き気味に「忘れて」と言えば、永久くんは「やーだ。可愛かったから、忘れない」といじわるにそう言った。むっと顔をしかめていたのがバレたのだろう、永久くんは楽しそうに笑っている。 ぞろぞろと前方からジャージの集団が歩いてくるのが見えて、通行の邪魔にならないように壁に寄った。 「この後、どうしよっか。外出ることあんまないし、どっか行きたいよね」  永久くんは鞄からスマホを取り出し、すいすいっと画面を触る。これまで友達がいたこともないし、当然外出したこともほとんどない。天満くんや孝宏くんと一緒にいる時は、家でゆっくり過ごすことが多かった。それはきっと俺が外に出ることを恐れていると分かっていたからなのだろう。だから、こういう時にどこにいくものなのかよく分からない。  スマホを見ている永久くんから視線を外し、前を通っている人をぼんやりと見やった。ふいにそのうちの一人と目が合った。その人もただ単純にこちらを見ただけで、目が合ったのはほんの偶然なのだろう。 「あいつ…」 「は、まじ?」  目があった男が、俺を凝視している。そのまま隣を歩いていた男の肩を小突き、こちらを顎で指した。「なんだよ…」と小さく文句を言った方の男も流れるようにこっちを見て、その目を大きく見開かせた。 彼らはきっと気づいたのだろう。顔を見たことのない他の部員に「わり、先行ってて」と声をかけてから、再度こちらを見た。さっきまでの驚きの表情ではない。いい玩具を見つけた子供のように楽しそうに笑っている。   「しづ、ここ……なに」  ぱっと顔を上げた永久くんも前にいる二人に気づいたらしい。俺の異変を察したのか、それとも彼らの表情からおかしいと思ったのか、永久くんは少し不快そうに顔をしかめた。 「なに、お前ら。何か用?」 「あー…俺ら西園寺の友達なんだよね」 「そうそう、中学が一緒で。久しぶりに会ったからお話がしたくて、ちょっと借りていい?」  彼らの言う『お話』がただのお話ではないと分かる。ゆらゆらと瞳が揺れて、体温が下がるような感じがした。忘れていた。もうずっと忘れていた過去の記憶がふつふつと上がってきて、気が遠のきそうになる。 「イヤだけど。てか、嘘つく理由はなに?」  永久くんは俺をかばうように前に出て、その広い背中で視界を遮った。永久くんよりもはるかに小さい俺には彼の向こうにいる二人がどんな顔をしているかは見えない。  2人の言ったことが嘘だと永久くんにはすぐわかったらしい。 俺の初めての友達は永久くんで、中学の時に友達がいなかったことを永久くんは知っている。今だってたまにクラスメイトに自慢しているくらいなのだから、忘れていることはない。 嘘をつく、というのも「紫月の友達だと偽って連れて行こうとするのはなぜなのか」と言う事なのだろう。 彼らは微塵も気にしていないようで「あー、バレた」と言ってくすくす笑っている。
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