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ぽとりと天井から水が落ちて、地面に水溜まりを作っていく。雨が降っていないはずなのに、じめじめと湿っぽい空間で、廃墟はカビやらの匂いで溢れていた。
気を失っているのか椅子に座り項垂れている男が2人
深くフードを被ってスマホを触る男が1人
そして、冷めた目で煙草を口にする男が1人
その廃墟には4人の男がいた。
「天満、やめたんじゃなかったの」
それ、と言いながら孝宏は天満が手にしている煙草を顎で刺した。
天満が煙草を吸うことはほとんどない。喫煙者だと知られた時、紫月が 「体に悪いよ」 とぽろりと口にしたその瞬間にやめたはずだった。それ以降、一度も口にしてこなかったのに、天満は今それを持っている。
「えぇ…そう…やめる。やめますよ」
ただ今、この瞬間は許せ。
天満の目が虚ろなのを見て、孝宏は「今日の片付けはめんどくさいかも…」などとぼんやり考えた。天満の中には大きな怒りしかないのだろう。孝宏への返答が乱雑になるほど、やめたはずの煙草に手を出さなければならなくなるほど。天満はずっと頭を使っている。
──彼らを殺してしまわないように
孝宏だって怒っていない訳では無い。むしろ、紫月を傷つけた人間が今、目の前にいて、怒らないはずがない。すぐにでも殴りつけて、どこか遠くへやってしまいたい。
あの時、彼の言うことを尊重して何もせずただ見逃した男たちが再度紫月の前に現れた。顔を見せただけではない、彼を傷つけた。あの子にまた恐怖心を抱かせて、過去の事を思い出させた。重罪だ。
紫月に教えられたわけでもない。彼は言わないだろう。あの人たちに会ったのだと、教えてくれるはずがない。だって紫月はそれを言ってしまった時、その男たちがどうなるか分かっている。きっと救いようのない馬鹿の身を心配して紫月は口を噤んだ。
「監視カメラがある場所なら隠せるはず無いけど」
今日、あの試合が行われていた体育館の監視映像をハッキングしたのは孝宏だ。国家機密でさえ見ようと思えば見ることが出来る彼にとって、小さい体育館のそこまでセキュリティも固くない映像など片手間の作業で解析できる。ものの数分でやってみせたその映像を2人で見て、予想通りの結果に思わず笑ってしまったくらいだ。
馬鹿がいたものだと
気を失っていた男が身動ぎした。
きっともうすぐ目を覚ますだろう。
「ヒロ、やり過ぎだと思ったら止めてください」
「うん」
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