3. 俺の友達だけど文句ある?

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 日が沈み暗くなった廃墟には、僅かな月明かりが差し込むだけ。 「…?」  およそ30分、意識を失っていた男たちがほんの少し身動ぎをしたあと、瞼をゆっくり上げた。途端視界に映るのは真っ暗な世界で、しかも硬い椅子に座らされていることに気が付いた。自分の身にいったい何が起こっているのか寝起きの頭では理解できないのだろう、目を丸くさせながらお互いに顔を見合わせた。なぜここにいるのかを考えようにも、帰宅の途中でぷつりと意識は切れていて、それ以降の記憶はない。 「あぁ…目が覚めました?」  この空間で聞こえた自分たち以外の声に男らは驚いたようにその声が聞こえた方を見た。同じく椅子に座っている天満はゆったりと足を組み、持っていた煙草を携帯式の灰皿に入れた。陰に隠れて顔は見えない。 「だ、誰だよ…」 「…本名を名乗ったところで貴方たちのような低能には分からないでしょうし。そうですね、西園寺紫月の家族と言えばわかりますか?」  2人の口から息が漏れた。その名前の人物を自分たちはよく知っている。偶然にも今日、再会した男の名前だ。そして自分たちが中学生の時に何をしたか覚えていないわけではない。世間的に「いじめ」とよばれることをその男にしてきた。そして、今現在その男の家族を名乗る人物にこんな場所に連れてこられている。 「は…」  それがどういうことなのか分からないほど馬鹿ではない。 「あの子はね、優しいんですよ。お前らみたいな救いようのない馬鹿にだって情けをかける。自分のことを死にまで追い詰めた男を守ろうとする、本当に優しい子なんです。分かります?」  天満は呆然としている男たちにゆっくりとそう告げた。うんともすんとも言わず、首を縦に振ることもせず。ただこちらを見ている男に、天満は苛立ちを感じる。天満は阿呆が嫌いだ。生きている価値が無いと思う。他人を簡単に傷つける者も何の覚悟も持たぬまま行動をすることも、そして聞かれたことに返答をしないことも。人間性が終わっている奴がこの世で一番嫌いだった。天満の機嫌が悪くなっていくことに気づいているのは孝宏のみ。 「私はあの子との約束を守った。お前らに手は出さないって。だから、これまで平穏に生きてこれたでしょう?あの子を傷つけていたのに」  あの時から一度たりとも忘れたことはない。何よりも大切な紫月が、瞳に光も持たず、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。かき抱いたあの子の体は死んでしまったんじゃないかというくらい冷たくて、天満と孝宏は恐怖を抱いた。後にも先にもあの時以上の恐怖を経験したことはない。あの子が、あんな様子でしばらくずっと脅えて生活をして、ずっと悩んでいたあの間もこの馬鹿どもは何も考えず笑って生活しているのだと考えれば考えるほど怒りが募った。   「でも、二度はない。あの子は優しいけど私は優しくはない。きっとあの子は何をされても許してしまうのでしょうけど、私はそんな寛大な心は持ち合わせていない。生憎ですけど」  そこでやっと2人は天満が怒っていることに気が付いた。天満が立ち上がった時に見えたその顔は恐ろしいくらい冷たくて、まるでゴミを見るように自分たちを見下ろしていた。その瞳を見た瞬間、体が大きく震えだす。直感的に逃げなければと思った。拘束がされているわけでもないし、男は目の前にいるだけ。今ここで逃げて警察にでも駆け込めばいい、と。 「ッ……!」 加地は走った。進藤が驚いたように声を出したけれど、それも聞こえないふりをして逃げようと考えた。あと少し、階段が近くに見えてほっと息を吐きそうになった瞬間、加地の手は誰かに掴まれた。 「離せ……!!」 生存本能がこの場から逃げろと言っている。加地はその手を思わず振り払った。そしてその振り上げた手が、何かを強く殴ったような感覚が体を襲う。その瞬間にさっ…と全身から血の気が引いて、加地はそれがなんであるのかを見ようと振り向いた。 そこにいたのは天満ではない。ついさっきまで加地たちの視線に入っていない孝宏の方だった。振り払った手が彼の顔に当たりその衝撃でかぶっていたフードがパサリと落ちる。見慣れない白い髪の隙間から覗いたその瞳を見た瞬間、加地は悲鳴を上げてその場で尻餅をついた。
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