3. 俺の友達だけど文句ある?

13/13
前へ
/55ページ
次へ
「…見ました?」 「は…?」 「彼の素顔見ました?」  見てない そう答えたいのに、加地の口は震えるばかりで音を出さない。その瞬間、加地の体は吹っ飛んだ。背中が壁に当たり口からうめき声が漏れる。いったい何が起きたのか分からず、咳を零し続けた加地はそろそろと目を開けてようやく天満に蹴られたのだと理解した。進藤は天満の威圧感を受けて完全に腰を抜かしている。 「…いえ、答えは分かり切ってます。キミはその子の顔を見た。だからあんな顔をした。あの子だけじゃなくて、私の親友まで傷つけるんですね、お前は」 天満が今までにないくらい怒っていると孝宏は気づいた。彼はいつも心のどこかでセーブをかけている。天満が本気になれば人など簡単に殺せてしまうから。そしてそれはさっきまでしっかり働いていたのに、今の一件で完全に外れてしまったらしい。彼は腰を抜かし、震える加地を冷たく見下ろしてただ淡々と「海と山どちらがお好みで?」と口にした。 「やめて」「許して」と口にする加地に天満は微塵の情けもかけない。ただ容赦なくその体を痛めつけた。愛しい子と親友を傷つけた加地と言う男は天満の中で完全に『生きる価値のないもの』として変換されたらしい。進藤は殴られ続ける友人を見るだけで、止めに入ることは出来なかった。そして、天満のことをただぽけんと見ていた孝宏は考えた。止めるべきかどうか。というより、孝宏が止めなければ天満は加地を殺してしまうと勘づいた。 「天満。……てん、それ以上やったら片付けが面倒」  孝宏は天満の手を握った。殴られている加地が可哀想だからではない、ぐちゃぐちゃになると片付けが面倒くさいから止めたのだ。後処理のダルさが格段に違う。 「…あ…はい、そうですね…。ごめん、ヒロ。助かった」  ふっといつも通りの天満が孝宏の瞳を見た。それに満足そうに笑って、「うん」と頷く。加地は完全に意識を飛ばしている。これは知り合いの病院に運んで、適当な嘘をでっち上げてしまえばいい。本人が真実を語ろうとしない限り、周囲は誰一人疑いを持たない。そうできるだけの力を2人は持っていた。  天満は一度深く息を吐いた。そしてぐるりと辺りを見渡し、状況を整理した。加地が完全に意識を失っていると確認した後、今度は進藤に近づいた。天満に見下ろされた進藤は逃げようとしたが足は震えて力すら入らない。「ごめんなさい」という短い言葉もうまく発せなかった。 「もう二度とあの子たちに顔を見せるな。次は絶対にない。誰が止めようとお前らは殺す。絶対に許さない。生きていたいなら、今日のことは警察にも言わないことをお勧めします。あなたが思っている以上に私は鼻が利く。……私に逆らえる人間はこの国に存在しませんから」  紫月はともかく出不精である俺とばったり道端で会う事なんてないだろう、と孝宏は思ったが口は挟まなかった。親友は随分ご機嫌斜めのようだったから。きっと次は孝宏が止めようが、紫月が声をかけようが天満は止まらない。そもそも『二回目』を許すことなんてほとんどない天満が今日、男たちを解放することの方が珍しい。  進藤は何度も首を縦に振った。その様子を見て、「大人しくしてればとりあえず天満に殺される可能性はないし、良かったじゃん」とどこか他人ごとに考えた。それに進藤は物理的な攻撃を一度もくらっていない。加地の度重なる馬鹿な行動のおかげで守られたようなものだ。 孝宏は進藤を見て、「よかったね」と告げた。 ほとんどこれまで口を開いていなかった孝宏が話したことに進藤はぽかんと口を開けたが、それは目に入っていない物として無視した。もう興味はなかった。  どこかに電話をかけていたらしい天満が孝宏の元に戻ってきた。 「ごめん」  急に己に向けて謝罪の言葉を口にされて、はて何のことかと一瞬思ったが、孝宏はすぐに「あぁ…」と彼が指すことが何かに気づいた。 「てんは悪くないよ」 「それでも思い出させた」 「うーん…」  孝宏は誰かに自分の素顔を見られることが嫌いだ。彼のなかで『家族』に含まれる物以外に見られることを極端に嫌う。だからフード被っていたというのに、加地はあろうことかそれを取ったのだ。そして孝宏の素顔を見て悲鳴を上げた。その行為が天満の琴線に触れてしまったのだ。  天満は存外、紫月以外の人間に興味が無いような態度を取るが、孝宏に対しても思いのほか過保護だったりする。きっと彼の中で俺は紫月と同学年くらいに見られているのだろう、と孝宏は思っていた。 「…俺より天満の方が気にしてる。大丈夫だよ」 「えぇ、分かってます、それでもあの目は私も嫌いだ」 「あはは、てんは優しいねぇ」 「私はヒロの髪も目もその傷も全部好きですよ。それがヒロなので」  これが同情でもなんでもなく、本当に心の底から本心で言っていると分かるから孝宏は笑う。 「てんも紫月も物好きだね」
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

289人が本棚に入れています
本棚に追加