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さて、紫月が編入しておよそ三カ月が経過した。季節は夏へと移ろうとしており、まだ7月だというのに立っているだけで汗が滲むような暑さになっていた。教室はクーラー完備で廊下も体育館も丁度いい室温に保たれているが、外だけはどうしようもない。
「あっつ…!!!」
「水…」
外で体育があった時が地獄である。だらだらと滝のように汗が流れる。こまめに水分補給をしなければ誰か1人は倒れてしまいそうだ。今日の授業はテニス。コートに限りがあるため交代して行う。紫月たちは休憩の時間だった。
「死んじゃうよ、こんなの」
「8月はもっと暑くなるぞ」
「えーちゃん!そう言う事言わないで!」
越前くんは愉快そうに笑った。日陰になってる場所に移動すれば照り付ける太陽が無くなって幾分かマシになる。口を開けば暑さへの文句しか出てこない。他のクラスメイト達も「熱いんだよ、馬鹿野郎!」「もっと手加減しろ!」と太陽に怒りながら、テニスをしている。文句を言いつつもなんだかんだ言って楽しそうだ。
「夏かぁ…。みんな帰省する?」
「帰る帰る。顔見せないと怒られるし。えーちゃんもでしょ?」
「あぁ」
――帰省
あと数週間で夏休みだ。そうなればみんな家に帰るだろう。「しづも帰るの?」と聞かれてこくりと頷いた。あと少し耐えれば天満くんと孝宏くんに会えるのだと思えば体はそわそわと動く。
「で、聞こうと思ってたんだけど!しづしづは、夏祭り行ったことある?」
「…夏祭り……?」
夏祭りとはいったい何のことだろうか、と首を傾げれば神井くんはぱっと表情を明るくさせた。そして神井くんが言いたいことに気づいたらしい永久くんたちも笑った。
「いっぱい屋台が並んでてさ、最後にはでかい花火も上がったりとか。結構楽しいよ」
「花火…」
「手持ちの花火したことある?」
「…ない、と思う」
「じゃ、それもしよ!でかいのも好きだけど手持ちも楽しいよ」
単に手持ち花火と言ってもいろんな種類があるらしい。最後は線香花火で占めるのが楽しいんだよねと3人は笑った。あとは海にも行きたいよね~とみんなが話していて、夏休みの予定がぽんぽんと埋まっていく。前に言っていた水族館や動物園にも連れて行ってくれるらしい。まだ予定を組んでいる段階だというのに心はわくわくしている。
「なら、うち泊まる?」
「泊まる!お泊り会しよ!!」
永久くんの言葉に神井くんは嬉しそうに笑った。「姉ちゃんがうるさいかもだけど」と苦笑いしている彼を見て、初めて永久くんに姉がいることを知った。普通に喧嘩をしたりもするが仲の良い姉弟らしい。
「美波さんは優しいだろ」
「姉ちゃん、えーちゃんの前で猫被ってるだけだから!」
神井くんが珍しく静かだな、と隣を見れば 「幼馴染みってやっぱいいね…」と言いながら口元を隠しさめざめと泣いていた。今日も感情が豊かで、神井くんの良いところが爆発していると思う。
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