4.みんな大好き夏休み

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 終業式が終わればいよいよ明日から約1か月の夏休みに入る。終業式でも相変わらず、他のクラスの子たちとバチバチしていたが、教室にもどればみんないつも通りの調子に戻った。夏休みにどこに行くかという話で盛り上がっている。 このまま実家に帰る人もいれば、何日かは寮に残ってお盆当たりに帰るなど人それぞれだった。永久くんは部活があるから帰るのはお盆当たりになるらしく、家庭力が皆無らしい永久くんのために越前くんも寮に残るらしかった。その話を聞いた途端、神井くんが奇声あげていたけど2人は完全にスルーしていた。 「しづは明日帰っちゃうし、しばらく会えないね」 「…うん」  明日、天満くんは用事があるらしくここにはこれないので孝宏くんが迎えに来てくれることになっている。孝宏くんはあまり外に出たがらないから、別の日でも大丈夫だよと伝えたが、「はやく紫月に会いたいので」と断られてしまったのだ。 「紫月は明日帰るんだろ」  お風呂から出て、共有スペースに戻るとアイスキャンディを持っている楓さんが目に入った。最初こそ毎日のように食後にアイスを食べる楓さんに驚いたが、今ではもうお馴染みの光景になっている。見ていたバラエティ番組から目を離し、ソファに頭を預けてこちらを伺う楓さんに「はい」と頷いて見せる。 「親御さんが迎えに来てくれるんだっけ?」 「そうです」 「俺、朝から委員会だから送れねぇけど。気つけろよ」  夏休み後の学園祭について生徒会と話し合わなければならないらしい。委員会に所属する者は夏休みなんてほとんどないも同じだ、と楓さんは少し前、ぼやいていた。 「紫月さ、最近困ったこととかない?」 「困ったこと、ですか…?」 「そう。何でもいいんだけどさ」  アイスキャンディを数口で食べ終えた楓さんは、棒を捨てた後、やけに真剣な顔をして俺を見た。テレビから芸人の声と楽しそうな笑い声が聞こえているのに彼はそちらに目を向けない。  困ったことと言われて思い当たることが一つあるけれど、俺はまだその人に直接何かをされたわけではない。俺の思い過ごしの可能性だってある。そんなことを楓さんに言う必要はないか、と首を横に振った。 「大丈夫です。みんな優しいから」 「そっか…ま、前に比べたら紫月良い顔してるもんな」  そうですか?の意味を込めて首をかしげれば、彼はふわりと随分優しい顔で笑った。 「そうだよ。いつも楽しそうだし」 「楽しそう……」 「クラスメイトともうまくいってんだろ」  そう。びっくりするくらいうまくいっているのだ。 中学の時の俺が見たら度肝を抜くんじゃないかと言うくらい、人に囲まれている。「死ね」とか「いらない」と言われ続けてきたのに、ここでは「ありがとう」とか「助かった」なんて言われる始末。この前の試験期間中がいい例だ。これに慣れていいものだろうか。もし、あの時と同じ環境に戻ったら果たして俺は耐えることが出来るのだろうか。 「…紫月はさぁ、いろいろ考えこむこと多いよな」 「えっ」 「お前がここに来るまでどうだったかとか俺は知らないし、興味もないけど。あいつらの事もっと信じてやってもいいんじゃねぇの?」 「…信じる」 「というか、あいつらはお前が嫌だって言っても紫月について回るだろうよ」  ざわざわとテレビの音があってよかったと思う。きっと今、静かな空間だったら俺の考えていることがすべて楓さんにバレてしまうような気がしたから。 俺はあの二人以外を信じていいのだろうか――  きっと難しい顔をしていたのだろう。楓さんは「ま、紫月のペースで付き合ってけばいいよ。あいつらは見捨てないだろうし」と言いながら俺の頭をわしわしと撫でた。天満くんや孝宏くんとは違う。ほんの少し乱雑なそれが妙に心地よくて、笑みがこぼれた。  
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