2人が本棚に入れています
本棚に追加
森 雄一は、廊下の端に立ったままため息をついていた。既に終業を告げるチャイムは鳴り終わっていて、下校途中の生徒や職員室へ戻っていく教師たちでごった返していた廊下も、今や雄一ひとりしかいない。
左手の方から差し込んでくる夕陽が、雄一の半身を鮮やかな橙色に染めている。濃い影になっている反対側の肩には通学用の指定されたバッグをかけ、手はポケットに突っ込んでいた。
「どうしたの雄一、ため息なんかついて。悲劇のヒロインぶってんの?」
不意に、背後から声をかけられた。振り向くと、気怠げに立つ狩長 奏美が腕組みをして立っていた。腰まで伸びようとしているストレートの黒髪を、指でいじっている。
彼女に声をかけられたことで、唐突に雄一の心拍数は跳ね上がった。
クラス内では清楚系美女として名高い彼女も、今は校則違反満載の格好をしている。
スカートが短すぎるせいで太ももは丸見え、シャツは第3ボタンまで開けており、大きく開いた襟元からはレースの装飾が施された黒い下着が覗いていた。色白の顔面によく映える深く黒い両眼と同じ、深い黒曜石の色。
目元の周囲を隠すように、丹念に梳いているのであろう黒髪が、数本揺れていた。
雄一は強く目をつむり、脳内を占めていた悩み事を振り払った。悩み事なんて、全部彼女についてのことだ。ここ最近はずっと、奏美のことで悩んだり苦しんだりしている。
奏美からわずかに目を逸らして壁を凝視しつつ、雄一は固い声で答えた。
「・・・・・・いや、何でもないよ。今日はもう金曜日だし、1週間の疲れが出ただけさ」
「嘘。分かるよ、どうせ私のことでしょ?今さら美恵を思い出したとかないよね」
隠す間もなく、あっさりと雄一の悩み事は暴かれた。それも当然だ。ここ最近で雄一が考えることと言ったら、奏美のことばかりである。しかし、彼女にはできるだけ会いたくない。
「雄一は、ほんとに美恵が好きだったよね」
透き通った氷に近い声が、雄一のすぐ傍らで発せられた。
最初のコメントを投稿しよう!