54人が本棚に入れています
本棚に追加
Worm Moon 3
「陵先生が忙しいのは知っているが、雅が体調を崩していたと後から知ったら悲しむぞ?」
「うぅ⋯⋯」
陵は決して声を荒らげるタイプではない。ましてや暴力に訴えるタイプでもない。だからこそ雅には堪えるのだ。
陵が悲しむと伝播して雅も悲しくなる。雅だけを責めてくれればいいのに、雅を責める事無く、ただ自分が至らないから、雅に頼って貰えないのだと悲しむのだ。
「それに、神威だって元気な雅に会いたい筈だ。入学式にも来て貰うんじゃなかったか?」
「神威さん⋯⋯やっぱり来るのかなぁ?入学式」
遠慮しがちの雅は、忙しい神威の時間を割く事を罪だと思っている節がある。神威が好きでやっているのだと伝えても鵜呑みにする事は出来ない。
雅は素直な性格なのだ。よく言えば控えめだが自己肯定感が低い傾向がある。
京介は雅が雅でいるなら、例え性格が悪くても容姿が整っていなくても問題ない。雅は京介の特別な存在なのだから。
柊吾と陵は、雅に自信を付けさせようとあれこれ気を揉むが、中でも神威は、雅の鋭い着眼点を伸ばしてやりたいと思っている。
「社長さんは忙しいんだよ?」
「そうだな」
相槌を打ちながら京介は雅を再びベッドに寝かせると、臀ポケットからスマホを取り出して徐に操作を始めた。
「これを見てみろ」
と画面を見せた。雅が覗き込んだ画面には、赤く大きな丸が描かれたカレンダーが映っていた。印が付けられた日は、来月に行われる雅の入学式の日付だった。
「神威の会社のカレンダーだ。この日は臨時休業にするそうだ。社員の子供も何人か、雅と同じ様に入学式を迎えるらしくてな。一生に一度しかないイベントに、仕事をしている場合じゃないと休日になった」
「それって、ボクのせい?」
「まさか。逆だ、雅。神威が雅の入学式を見てみたいと思わなかったら、他の社員の気持ちを感じとる事は出来なかったんだ。今年は子供や孫の入学式に参加出来ると喜ぶ社員が多くいると、鷹司さんも言っていた」
「鷹司さんが⋯⋯」
雅の脳裏に、すぐさま眼鏡を掛けた強面な鷹司の顔が浮かぶ。
神威よりも年上なのにいつも丁寧な言葉遣いで雅にも接してくれる。しかも家事全般においてエキスパートだ。京介も何かと言えば指南を受けている。
顔と言葉のギャップがある為、最初は躊躇していた雅が、今では密かに目標としている神威の秘書だ。
「ああ。今迄誰も神威に言い出せなかったらしくてな。今年も諦めていたそうだ。だが雅のおかげで子供も親達も皆喜んでいる。神威も雅のおかげだと言っていたぞ?」
「ボク?何もしてないよ?」
京介は優しい手付きで雅の頭を撫でる。
「雅と出会えたから、良い社長に近付いているんだと、いつも言っている」
最初のコメントを投稿しよう!