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七月
私とA子ちゃんが仲良くなるのに時間はかかりませんでした。手を繋いで廊下を走ったあの時から、私たちの中の何かが強く惹かれあったのです。
けれど、以前も書きました通り、私たちは表立って仲良くすることはありませんでした。
ならば、どのように二人の時間を作っていたか。私たちは放課後、よく図書室に入り浸っておりました。
入り口からは見えない四人掛けの大机、そこが私たちの定位置でした。私は窓際の席で本を読み、A子ちゃんは斜向かいで宿題をするのです。
その日は一学期の最終日で、A子ちゃんは早速夏休みの課題に取り掛かっておりました。休みの間は田舎に帰るそうで、私は密かに落ち込んでおりました。ほんの一日でも、彼女と一緒に過ごせたらと期待していたものですから。
そんなこともあり、パラパラとめくる本の内容などちっとも頭には入ってこないのです。
とんとんとん
鉛筆を三度鳴らすのは、こっちを見ての合図でした。顔を上げると、切長の瞳と目が合います。
解らない問題でもあるのかしらと、手元のノートを覗き込もうとしますと、彼女がゆっくりと首を横に振ります。じっと見つめ合うのも気恥ずかしく、私はさっと顔を背けました。
明日から夏休みということもあり図書室には他に生徒もおらず、司書の方も席を外しているようでした。聞き耳を立てる者もいないと気づき、私は小声で尋ねます。
「どうしたの」
「別に、何も」
「あらそう」
少しの間をおいて、彼女が口を開きます。
「暑くても、ちゃんとご飯は食べなよ」
「今だってちゃんと食べてるわ」
「嘘だ、こんなに白くて細いのに」
そう言って彼女は私の手を握ります。日に焼けた彼女の肌は健康そのもので、私よりも大きなその手には初夏の熱が籠っておりました。
手を握られた程度で動揺するような女だと思われたくはなくて、私は努めて冷静な風を装いました。
「明日には行くの?」
「今日の夜には行くよ」
「そう。ちゃんと、帰ってくるのよ」
ただの夏休みの帰省にも関わらず、今生の別れかのように絞り出された言葉に、彼女も思わず吹き出しました。笑うと右の頬にだけ出来るえくぼの、愛おしいこと。
その時です。彼女が私の顔に、すっと人差し指を伸ばしてきました。つんと私の唇に触れた指先を、今度は己の唇に当てたのです。
何が起こったのか理解が追いつかず、私はただ彼女を見つめることしか出来ませんでした。
「またね」
返事の代わりに短い息が漏れます。ノートと筆箱を仕舞うと、彼女は図書室を後にしました。
入れ違いで入ってきた司書の方が私の顔を見るなり、心配そうに声をかけてくださいました。
「貴方、顔が真っ赤よ。熱があるんじゃないの」
私はそれに何と応えたのでしょうか。大丈夫ですなどと、適当に返事をしたのかもしれません。
それすら思い出せませんが、あの日唇に触れられた感触は、今でもちゃんと覚えているのです。
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