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十一月
その後A子ちゃんとどのような会話を交わしたのか、ちっとも思い出せません。きっと初めはぎこちなく、しかしそのうち普段通りの私たちに戻ったのでしょう。
この頃にはもう、彼女への気持ちが愛と呼ぶものだと自覚しておりました。
女学校ということもあり、女生徒同士のお付き合いも珍しくはありませんでした。
人気の先輩などは、まるで王子様のように爽やかな笑顔で手を振ったりするのです。下級生はその度に黄色い声をあげ、放課後は告白に敗れた子が教室の隅で泣いていたこともありました。
A子ちゃんもそんな王子様の一人になりつつあったのです。このような言い方をしたのには訳がございます。
私たちの母校は地元でも有数の名門校でございました。今でこそお受験に合格すれば誰でも入学が出来るようですが、その当時は家柄なども重視されていたのです。
A子ちゃんが当初周りから嫌われていたのもこれが原因です。「田舎の成金のせいで我が校の格が下がる」と考えたわけです。そして、そんな田舎者と連む者もまた裏切り者であると。
それ故、すっかり人気者となったA子ちゃんの立ち位置も、盤石とは言えませんでした。休み時間の間だけひっついて、放課後には皆さよならも言わずに帰ってしまうのですから。
当然、告白をする子もおりません。
まあ、そのお陰で私は彼女と図書室での時間を過ごせるわけですから、文句を言えた立場ではないのでしょうね。
彼女が本当の意味でB子ちゃんたちに受け入れられたら…… 私は誰よりもその日を喜んであげなければならないのに、きっと笑顔ではいられないのです。
それを愛と呼んでもいいのでしょうか?
あの秋の日も、そんなことを考えておりました。いつも通り図書室で勉強をした帰り道、夕焼けに照らされた並木通りを私たちは並んで歩いておりました。
私があまりに上の空だったからか、突然彼女が足を止めたのです。二、三歩過ぎてから気づいた私は、振り返って彼女の元へ戻ります。
「どうしたのよ」
「……」
彼女は周りに誰もいないことを確認するとぐいっと私の手を取り、舗装されていない落ち葉だらけの脇道へ引っ張ってしまったのです。
ぱりぱり、かさかさ、ぴきっ
乾いた葉を踏みしめる音、小さな枝が折れる音が響きました。
「痛いじゃないの」
「ねえ、あたしはここよ」
「そんなのわかってるわ」
「ううん、わかってない。ちゃんとあたしを見て、あたしを聞いて、あたしを感じて」
そう言葉にされると、途端に意識してしまうものです。少し伸びた前髪、制服の擦れる音、握られた手の温もり。その全てが彼女という輪郭をくっきりと浮かび上がらせます。
何と返せばいいか困っていると、どこからか少女たちの笑い声が聞こえてきて、私たちは急いで繋いだ手を離しました。少しして、それが近くの公園で遊ぶ子どもたちの声と気づき、ほっと息を漏らしたのです。
少女らが飛ばしたシャボン玉が、こちらまで風に乗ってやって来ます。それがぱちんと弾けるのを見届けてから、私が口を開きました。
「帰りましょう」
「うん」
A子ちゃんも少し冷静になったのか、素直に応じてくれました。
ぱりぱり、かさかさ、ぴきっ
黄金色に染まった銀杏の葉を踏みしめながら、彼女の重力を確かに感じました。
私はどうすべきか、私たちはどうあるべきか、その答えは結局見つからぬまま。ただ、今横にいる彼女という存在だけは忘れてはいけないのだと、そう思ったのです。
家に着くとスカートの裾に一枚の銀杏の葉がくっついているのに気づき、私はそれを栞にしました。
今この日記に挟んでいるのが、それです。すっかり色は褪せてしまいましたが、私には変わらずあの日踏みしめた黄金色に見えるのです。
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