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第11話 悪口
「あー、時々言ってるわ」
「やっぱり? お高いとか?」
「うーん、これ優季に言っちゃってもいいのかな。ま、そんな感じだけどね。お高いとかセレブとか」
「セ、セレブ?」
「あー、うん。でもさ、そんなの全く気にすることないよ。優季が優しいの、知ってるもん。負ぶってもらったとか風花ちゃんのことだけじゃなくてさ、普段の行いとか見てると判るもんよ。だから美月は余計に気になるんじゃない? あの子、下町の江戸っ子だそうだから、武士は苦手かもね」
「ぶ、武士?」
「うん。なんか優季見てるとそんな風に見えるのよ。文武両道だし、体幹はしっかりしているし、立ち振る舞いも綺麗だし」
優季には菖の言葉が心に沁みた。あたしはそんなカッコいいものじゃないけど、自分の事を見てくれている子がいるのは嬉しい。千葉と茨城の子以外にも友だちが出来そうだ。
「本間さん…、美月って江戸っ子なんだ」
優季は菖に合わせて『美月』と呼んでみる事にした。一応クラスメイトなことだし。
「ああ、あの子、月島に住んでるんでしょ? 伝統の町って自慢しまくりよ」
「へぇー。月島がどんなとこだか良く判らないけど、同じ電車で通ってるって言ってた」
「あはは、美月、優季の事をよく観察してるよね。江戸っ子は細かいこと気にしないと思うんだけど、美月は勉強熱心だし、一応将来の目標もあるみたいだからさ、実はタワマンに憧れてるんじゃない?」
「憧れ?」
「うん。タワマンの街って何もかも新しいから、下町とは大違いでしょ。結構セレブ願望あるのかも」
ほう、それで嫌み言われるって、いい迷惑だけど。
「でもさ、あんまり人の悪口言ってると、いつかは自分に返って来るよ。ウチのお祖母ちゃんが言ってた。だけど今の美月は本当は優季と仲良くなりたいんじゃないかな。勉強教えて貰おうって魂胆かな」
菖はいろいろお見通しなんだ。優季は大きく頷いた。
「タワマンは高い所だけど、それがいいのかどうか、あたしには判らない。住んでみて思うけど、みんなどこか緊張してる気がするし、不便なことも多いよ。エレベーター止まったら、地上に降りられても登って来れない」
「はは。そうよね。その時はここにお出でよ。狭いけどお庭でキャンプも出来る」
「まじ難民キャンプだ。そこで美月と一緒に勉強はきついかな?」
「あはは。そりゃそうだ、って、そんな時はそれどころじゃないでしょ」
優季はリビングの木造サッシの向こうに拡がる庭を見渡し、そしてまた部屋の中を見渡した。
「聞きにくいんだけど、風花ちゃんってお母さんいないの?」
菖は顔を曇らせた。
「そうなの。俊叔父さん、別れちゃったみたいなんだけど、理由は私もよく知らない。別れる前までは、お付き合いは殆どなかったもの」
「ふうん。富士山の向こう側とか風花ちゃん言ってた。ついて来て欲しいって」
「あはは。優季まで駆り出されるのか。俊叔父さんもウチのお母さんも静岡出身なのよ。だからそう思ってるんじゃない?」
「そっか。小さいのにいろいろ胸を痛めてるんだ」
「うん。俊叔父さん再婚しないからさ、想いは残ってるのかなーとか思うけど、お母さんも言いたがらないから聞けないの」
「ふうん。まあ、どのみちあたしが出しゃばる話じゃないけどね、それで美月の将来目標ってなんなの?」
「あー」
菖は一瞬ためらったが、意を決したように口を開いた。
「多分、お医者さん」
え、そこまで? 確かに包帯は上手かったけど…。優季は言葉を失った。
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