第14話 トンネル事故

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第14話 トンネル事故

 あおかぜ幼稚園はタワマン街の商業ビル1階にある区立幼稚園である。入園競争率はなかなか高いのだが、風花が言ったとおり、廃園された上汐幼稚園の校区に住んでいた風花は無条件に入れた。高めの授業料も、教育熱心なタワマンの親にはさして問題になっていないようだ。  幼稚園の敷地は埋め立て地とは言え、園庭も整備され、若木も植わっている。ジャングルジムと滑り台が一体化した、まるでトム・ソーヤが考えたような遊具が一番人気で、風花は登園するや否や園庭に飛び出し夢中で登っていた。滑り台は四方へ出ていて、それぞれ高さや長さが異なる。風花も大抵の園児と同じく一番高い滑り台がお気に入りだった。何しろ途中にカーブが2つあり、その間には銀色のトンネルまである長距離コースなのだ。 「ふうか、すべるよー」  風花はその滑り台の入口に立って高らかに宣言した。衝突防止の観点から、滑る前に名乗りを上げ、誰かが滑っている時は、滑り終わって台から離れるのを確認してから滑ると言うのがお約束だった。誰からも返事がなく、先に誰もいないように思える。風花は滑り台脇の手摺を掴んでお尻をついた。いつもは怖くてゆっくり滑っちゃうけど、今日は手をつかないでそのまま最後まで滑りたい。  せーの、ゴー!  風花は手摺を掴んだ手で弾みをつけ、勢いよく飛び出した。手は真っすぐ前に出したまま。一つ目のカーブをに入る。うわー、身体が傾いちゃうー…、風花はそのままトンネルに差し掛かった。  丁度その時、滑り台の上には有紗が立っていた。タワマン住まいの園児である。 「ありさー、いくよー」  有紗の声は風花の耳には届かない。その上、トンネルに入った風花の姿は有紗から見えなかった。なので有紗もまた勢いよく滑り始めた。 一方、先を行く風花はビビっていた。スピードが乗り過ぎて、やはり怖い。風花は咄嗟にトンネルの壁に掌をついてブレーキをかけようとした。 「あ いたっ!」  左手の掌に痛みが走る。ブレーキは少々かかったようで、スピードは落ちる。風花の身体は半身捻られたまま次のカーブに入った。もうすぐ終わりだ。でも手が痛い! 風花は自分の掌を見ようとした。 その瞬間、  ドスン!  風花の背中に突き出された有紗の足が衝突し、勢いで風花は滑り台から飛び出し地面に転がった。目の前で天地がひっくり返る。 「うぇーん」  泣き声が響く。ぶつかった鎌田 有紗(かまた ありさ)は続けて着地した。風花にぶつかって減速したので有紗は普通に立ち上がる。  一部始終に気づいた先生が飛んで来る。 「大丈夫? 風花ちゃん!」 「うぇーん。いたーいー」 「どこ? 背中?」  風花は泣きながら掌を先生に見せた。茶色に染まった掌には切り傷が走って血が出ている。 「大変! お水で流そう!」  先生はすぐに風花を抱っこし、水道で掌を洗って水分を軽く拭うと、そのまま職員室に走った。園児の怪我は時として大ごとになる。養護の先生に手当てしてもらって泣き止んだ風花に先生が聞いた。 「有紗ちゃんがぶつかって、それで転んだのよね。お手々はどうしたの? 茶色くなって何かに引っ掛けたみたいだったけど」 「怖かったからトンネル押さえたの」  涙が溜まったままの目で風花は先生に訴えた。 「お手々でトンネルの壁を押さえたってこと?」    風花はコクンと頷く。その拍子に溜まった涙が頬を伝った。  先生は風花の涙をティッシュで拭って、周囲で見守る他の先生に向かって声を張り上げた。 「滑り台のトンネルの内側の壁が錆びてるみたいです! それで何かが出っ張ってるかも。危ないからトンネルは使用禁止にしないと!」  数名の先生が慌てて園庭に飛び出した。
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