第15話 工場は汚い

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第15話 工場は汚い

 先生たちが滑り台のトンネルを調べた結果、金属製のトンネルの継ぎ目が浮いている場所が見つかり、その周囲が錆びていることが判った。本来は一体型成形であるべきなのだが、後付けしたのか接合部があったのだ。潮風も強い地域だ。隙間に雨が入り込んで錆びたのだろう。その浮いた部分で風花は掌を切ったようだった。なかなかチェックする機会のない場所だけに、先生たちは項垂(うなだ)れた。 「申し訳ありませんでした。怪我自体は切り傷なんですが、掌なので何かを掴む時に動くので痛いし、治りも遅いかも知れません。一応消毒はしていますので、膿んだりはしないと思うのですが」  幼稚園からの連絡を受けて慌てて作業服のままやって来た風花の父、木島俊は頷いた。金属加工のプロなので、状況は判る。少し離れた所では、ぶつかった有紗が先生から注意を受けて不貞腐(ふてくさ)れていた。先生は有紗に向かって促した。 「ほら、有紗ちゃんもごめんなさいでしょ。前の人が滑り終わってから滑るってお約束だったでしょ」 「だってー、風花ちゃん、何にも言わないし見えなかったしー」 「風花ちゃん、お耳が聞こえにくいから大声で言いましょうっていつも言ってるでしょ。怪我しちゃったのよ。お手々が錆びだらけで傷口に錆が入ったら大変なの。痛いだけじゃ済まないのよ」  有紗はプイっと横を向いた。レアなケースだけに、有紗だけのせいでない事は先生も解っている。しかし、 「風花ちゃん、錆びなんて平気でしょ。風花ちゃんのおうち、工場だし、汚いし、錆びてるもん。風花ちゃんのお父さんだって汚いし」  先生は眉を吊り上げた。 「こらっ! お父さんも工場も汚いんじゃないの! 油とか使うから汚れやすいだけ。毎日有紗ちゃんが使うものだって、みんな工場で作ってもらっているのよ。そんな言い方しないの!」  ったく、これだからタワマン住まいの姫さまは…。先生は出掛かった言葉を呑み込んだ。俊は風花を足にしがみつかせたまま、苦笑いした。 「はは。汚い恰好なのはその通りですよ。工場もウチの場合は油だらけだからそう見えちゃうんでしょうね。有紗ちゃんはちゃんと呼びかけたのに風花が聞こえなかっただけですよ。よくある話です。有紗ちゃん。風花は強い子だから大丈夫だよ。風花、しばらく我慢できるよな?」  風花は俊の太ももに顔を埋めたまま、小さく肯いた。 「じゃ、今日は連れて帰ります。明日はちゃんと登園させますので。いろいろお世話掛けました」  俊が先生に会釈し、先生たちは深々と頭を下げた。 +++  特別サービスで、風花は父に抱っこされて帰る。掌はまだズキズキしている筈だが、泣き言は言わなかった。その代わり、風花は愚痴った。 「お父さん。有紗ちゃん、いつも自慢するんだよ。有紗ちゃんちは、月組で一番高いのよって。お金も高さも高いのよーって。マンションの子はね、帰ったら『おかえりなさいませー』って、女の人が言ってくれるんだって。お金持ちだから言ってくれるんだって。それで、風花んちは、小さくて汚いーって笑うの」  俊は歩きながら娘をぎゅっと抱きしめ、ほっぺにチュッとした。 「そういうのは放っておきな。あー、またカラスが鳴いてるわーって思ってればいいんだよ」 「からすぅ?」 「そう。カーカーガーガー言ってるだけだよ」 「あはは、カーカー、おもしろーい。有紗ちゃん黒くないけどねー」  俊は娘の前髪を払い、その小さなおでこにもチュッとした。
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