第16話  将来

1/1
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ

第16話  将来

 期末テストの直前、菖は美月と優季に声を掛けた。美月が希望している勉強会である。菖は以前、美月が仕切ろうとした勉強会での美月のイタさを覚えていた。菖には特に美月を庇う理由はない。しかしあのイタさは時々教室でも見受けられる。このままでは本当に美月の周囲から誰もいなくなってしまう。  場所は以前、美月が優季たちを誘った品川駅前商業ビルのフードコート。図書館は私語が憚られるので、何人かで集まる場合は却って使いにくい。ここなら各自で飲み物を脇に置いて、自分のやりたい試験勉強が出来るし、自由に質問も出来る。美月にとっては家庭教師が両脇に付いたような夢見る時間であったが、気を遣ってか、理科系科目は菖、文科系科目は優季に教えを乞うている。  最初の1時間はそれぞれでカリカリ勉強していたが、賑やかなフードコート内のことだ。次第に周囲の喧騒に目移り、聞き耳を立てたくなって来る。三人の目が時々泳ぐようになって来た頃、優季は思い切って聞いてみた。 「美月って進路をもう決めてるの?」  不意討ちを喰らった美月は慌てた。 「え、いや、まだ決めでねぇよ」  優季の眉間に小さな皴が寄る。やっぱ美月って東京育ちじゃない。月島の言葉じゃないと思う。どこかは判んないけど。その気配を察して美月はまた慌てて言い直した。 「まだ早いでしょ。2年になってからでも遅くないと思うけど、優季は決めてるの?」 「まだ。でも多分文系。応用範囲が広そうだから。美月は医学部行きたいのかと思った」 「い、医学部なんて、なんで?」 「だって、美月、英数理科しかテーブルに出してないから。それに4月に先生に質問してなかったっけ? 理科は何を取ればいいかって話で、医学系だったらどうこうとか」  二人の会話を聞いていた菖がニヤリとした。 「美月、隠さなくていいじゃん。何となく解ってるのよ。私も優季も」  優季も頷き、美月は白状した。 「優季にもバレてるのか。一応今は医学部行きたいって思ってる。頭のいい二人には分不相応だって笑われると思うけど」 「んなこと、思う訳ないじゃない。まだ受験までは2年以上あるのよ。何がどうなるかなんて、誰にも判らないよ」  菖の言葉は応援なのか現状肯定なのか判らないながら、美月は一応頷いた。優季は更に聞いた。 「なんで? お家がお医者さん、とか?」 「そう言うことじゃないけど、まぁいいじゃない。何となく憧れてるってことで。そのうち脱落すると思うから」  美月は一瞬泣きそうな表情になった。優季は次の言葉を呑み込んだ。菖の言った通りだ。セレブ云々の軽い理由じゃなさそうだ。 「自分でも判ってるんだ。限りなく難しいってことくらい。だから少なくとも受験が現実として目の前に来るまでは、自分を励ますためにもそう思っていたいのよ。医学部受けるって言うのが心の支えなのよ。どこでも受かりそうな二人には判らないと思うけど」  そう言いながら美月は立ち上がった。 「私、アイス、買って来る!」  美月の広い背中を目で追いながら、菖が呟く。 「ありゃ本気だな」 「あたし、悪いこと聞いたかな」 「ううん、聞かなきゃ判んないじゃない。でも珍しく本音だったね。優季だから本音を言えたんじゃない?」 「そうかな。あんなに卑下しなくても、今みたいに頑張れば大丈夫なんじゃない? 努力は報われるよ」  菖が椅子の背にもたれかかった。 「でも、その前にもうちょっと体積を減らさなきゃ、将来、患者さんから信用されないよ」 「アイス買いに行ったけどね」  菖と優季は顔を見合わせて笑った。  少し離れたジェラードショップで、美月はアイスを三つオーダーしていた。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!