第2話 コンプレックス

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第2話 コンプレックス

「月島の伯父さんは頑固者だけんど、伯母さんは優しいがら心配()んねえよ」 「うん、判ってる」  ハンドルを握る父の言葉に答えながら、本間 美月(ほんま みつき)は車窓を見上げた。高層ビルが何本も視界に入る。あれがきっとタワーマンションって奴。 「タワーマンションって値段も高いのよね?」 「うん、そうだ。成金みだいな人が買ってんな。バブルみだいだ」  父もちらっと横を見る。東京の私立女子高に入学予定の美月は、茨城から下宿になる月島の伯父宅へ、父の車で向かっている最中だった。学校にはタワマンから通って来る子もいるのだろう。一体どんな女の子だろう。マンションに似てスリムな子ばかりだろうか。いや、そんな筈はない。中には私みたいな、いわゆる体格系ボディの子もいるに違いない。エレベータが止まったらどうするつもりだ。美月だって3階以上を階段で登る自信はない。でもな、きっとそれでもプチセレブなのだろう。あー、不安しかない。弱音は吐けないけど。  美月が家を出て東京の高校に通うと決めた理由の中には、その体形コンプレックスも含まれている。中学の男子同級生は容赦ないニックネームを付けたし、女子は『ふわふわで可愛い』とか言いながら、陰でバカにしているのが丸判りだった。地元で高校に通うとなると、その選択肢は限られ、中学の余韻が濃いものになる。密かに抱いた夢の進路を明かすようなことになれば大騒ぎになるのは目に見えていた。だから、早い話が逃げ出したかったのだ。誰も知らないところでリセットする。そのために、方言を封印し密かに発音練習までした。急に体形を変えるのは困難だろうが、伯母さんには小食と言うイメージを植え付けて、自然にダイエットする。親も知らない美月の東京進出計画には涙ぐましいものがあった。  月島に近づくにつれ、父も娘が段々と心配になってきたようだ。 「美月。東京って言っても、古い町だがら茨城とあまり変わんねえがら安心しろ。伯父さんは化粧品の商売やってっから、美月に構ってる暇もねえし、あまり気遣わねえ事だよ。伯母さんは化粧の仕方も教えてぐれっぺ。けんど、高校生なんだがら、あんまりケバいごどはすんなよ」 「判ってる」  父が美月の気を楽にしようと言ってくれているのは充分解る。しかし()に受ける訳には行かない。下町と言って良い伯父伯母の環境は、きっと東京JKの常識からかけ離れている筈だ。第一、東京の女子高生たちは自己流を含めメイクも上手だ。先生がぱっと見ても判らないようなナチュラルな感じ。部活(いのち)の子たちは日焼け止めとリップ位で、メイクはしないだろう。だから、まずはそう言う節操のある友だちを見つけることが大切だ。最初が肝腎。美月は考えを巡らせた。  昭和感覚で娘を心配する父が運転するミニバンは、ネットで情報収集を怠らなかった娘と、段ボールに詰め込まれた手土産の野菜を載せて、晴海大橋を渡った。
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