第3話 探検

1/1
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ

第3話 探検

 入学式から一週間、驚くような出来事もないまま高校生活をスタートさせた優季は、寄道もせず帰宅していた。予想通り、両親が帰宅するまでの数時間は持て余し気味だ。その日はまっすぐマンションに入らず、その麓の川べり公園をブラブラと歩いていた。以前、マンションで出会った女の子が探していたタンポポ、確かに見かけない。埼玉ではどこにでもあったような気がするのだが、土の部分が少ないからか、潮風の影響か、黄色い花は見当たらなかった。 「あの子が苦労する筈だな。あれ?」  呟きながらベンチに目をやった優季は、足をブラブラさせて座っている『あの子』を見つけた。優季は手を振りながら近づく。 「こんにちは」  女の子が顔を上げる。またその表情がぱぁーっと明るくなった。 「タンポポ見つかった?」  女の子は首を傾げる。そうだ。大きな声だ。優季はベンチの隣に座って同じことを聞いた。 「ううん」  女の子は首を横に振る。 「そう。あたしもこの辺を見てたけど、確かに見つからないよね」  女の子は浅く頷いた。ちょっと耳が聞きづらいのかも知れない。大きな声だとスムーズに会話が出来る。 「お名前はなんて言うの?」 「木島 風花」 「風花ちゃんか。あたしはね、多摩 優季って言うの。ちょっと男の子っぽい名前だけどね」 「幼稚園に、ユウキ君いる!」 「あ、やっぱり? ややこしいよね。風花ちゃんのお家はどこ?」  風花は優季がまだ行ったことがない、タワマン地区とはフェンスで区切られた在来地区の方を指さした。 「マンションじゃないのね」 「うん。おうちが工場なの。だから有紗ちゃんがバカにするの。おうちが工場って変だって」 「そう? 有紗ちゃんってお友だち?」 「うん。風花ね、『上汐幼稚園』の筈だったの。でもね、つぶれちゃって『あおかぜ幼稚園』になったの。月組さん。有紗ちゃんも月組さん」  あおかぜ幼稚園は、確か、マンション街区の公立幼稚園だ。公立なのに授業料が高いのよって母が言っていた。教育熱心な親が多いので、園も張り切ってイベントを増やし、その結果追加料金が発生しているそうだ。きっとその有紗ちゃんはタワマンの子なのだろう。幼稚園なのにカーストみたいになっているんだ。優季は風花に同情した。 「風花ちゃんは、なんでタンポポ探しているの?」  風花は口を尖らせ暫く黙っていたが、やがて小さな声で話し始めた。 「お父さんが外では言わないでって言ってるの。風花のママとお父さん、リコンしたから。でもお家にはママの帽子があるの。タンポポのお花がついてる麦わら帽子。そこに本物のタンポポのお花を置くの。ママはタンポポが大好きだったってお父さんが言ってたから」  優季は少々たじろいだ。重い話だ。こんな小さいのに父子家庭で、今ごろお父さんは工場で仕事中で、風花ちゃんは『ぼっち』なんだ。タンポポが大好きだったって、もしやママは…亡くなった? 「風花のお名前ね、ママがつけたのよ。タンポポって意味だって」  優季は頷く。 「なるほど、タンポポって綿毛が飛んでいくもんね。風のお花なんだ。素敵なお名前よ」  風花はにっこり笑った。 「だから風花、いつかママにタンポポ持って行くんだ。どこに居るのか判んないけど探すの。でも先にタンポポ探さないと駄目でしょ?」  墓前にでも供えるつもりなのかな。優季は安易に頷けないと感じた。そっと風花の頭を撫でる。 「偉いね、風花ちゃん。じゃ、お姉ちゃんもタンポポ探しを手伝うよ」 「わお。ありがと。ママね、もしかしたら富士山の向こう側にいるかもってお父さん言ってた。入院かも知れないって。富士山の向こう側って、風花、一人で行けないの。優季ちゃん、ついて来て!」  あ? 亡くなった訳じゃないのか。優季は曖昧に頷く。 「うん、確かに富士山の向こうって遠い所だから、お姉ちゃんよりお父さんと一緒の方が良いかもね」 「はぁーい」  風花は元気に手を挙げた。 6ab9662e-9075-40ab-8b01-fac36616aed3
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!