十二日目の三月

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おそらく私の推理や友人達の話を聞いて記憶が整理されて、そのうちに記憶を取り戻したのだろう。 そうなれば私の家に帰る理由なんてもうない。自称彼女の誤解はとけたし、記憶も取り戻した。早く記憶を取り戻し親孝行をしたいと言っていたのだからすぐにでも自分の家に帰るべきだ。 「記憶を取り戻したら付き合うって言ってたの望じゃない? ここから同棲編に入るってことでは?」 「捏造するな。考えるって言っただけ」 確かそう。中身高校生と付き合う気にはなれないからそう言った。 とはいえ私は静のことを気に入っている。兄は例外として、男性の中では一番。でもこれからの事を考えてみる。 「……いや、もう少ししたら一緒に住むのは有りかな」 「え、まさかの同棲に乗り気?」 「いや、静の家って大塚の家に近くて、二人共実家ぐらしでしょ。鉢合わせしたら気まずくない?」 先を考えて、一緒に住むのは有りだと思う。というのもまだ大塚が心配だからだ。 二人の家はご近所さんでこれからも付き合いがある。避けろというのも難しい。放火という犯罪予告はもう大丈夫そうとはいえ、それでもまた何かあると考えておいた方がいい。だからうちにまだ避難しておくべきではないかと思う。 邪魔にならないよう改札前の壁側に寄って話を続ける。静もやっと久しぶりに深刻な顔を見せた。 「そっか、確かにめちゃくちゃ気まずい。小村君の類まれなる取り調べ改心テクでもう何もしなくなるだろうけど、それでも困る。これは望の家に避難しないと」 「うん、避難。私も兄さんが結婚で出てくとなると、その代わりに一緒に住んでくれると助かるし」 私としてもメリットのある話だ。兄さんが結婚をしてもう新居を探している。今借りてる部屋は一人で借りれるかわからないし持て余す。私もどこかに引っ越す事を考えなければいけない。でも私は今の部屋を気に入っているし、漫画家だけだと借りれる部屋の選択肢も少ない。今の部屋は大塚にバレていないので静の避難先として最適。だから兄の代わりに静がくればまるっと解決する。 「そう、ただ男女が一緒に住むには説明めんどくなるから私と静は付き合おう」 「告白したのは僕だけどそういう返事されるとは思わなかったな……」 「私は静の事、結構好きだからね。ただ、世間一般の男女交際をする自信がないってだけ」 静はちょっと呆れたような顔をしたけどすぐに明るく笑った。 これだけははっきり言っておく。付き合うとしてもベタベタな交際はできない。だからいい返事はできなかった。私としては昔した省エネ交際がちょうどいいくらいだ。 「そんなの僕もだよ。責任とか考えすぎてしまう自信がある」 「いい事だね」 多分静は他の女性からしてみれば優しすぎて物足りないくらいの彼氏になる。そうなるとつくづく私向きな相手だ。一緒にいたいけど、世間で言う恋人らしいことをする自信はない。でも深い話をしたりはできる。 「大塚や相川さんから聞いたでしょ。僕はずっと望のこと忘れられなかったんだから。たとえ事故にあってもね」 静は柔らかい笑みを見せる。私はそれを見て、うっかり情がわく。これからの問題がなくたってこの人と一緒にいたいと思う。 「……やっぱり一度うちに来なよ。あのマドレーヌ、静と一緒に食べたい」 「うん、もちろん」 ちなみにマドレーヌをホワイトデーに送るのは『特別』という意味がある。貝殻の形で、貝殻は対になってるから。だから静はろくに製菓道具のないうちだから、わざわざ貝殻の形を探して作った。 8年前から、私は特別だった。 「それ食べながらさ、静に8年分の話をしてほしい」 「もちろん。ずっと話したいと思っていた事がいっぱいあるんだ」 静が手を差し伸べて私が取り手を繋ぐ。 8年分の記憶を取り戻すのに十二日もかけた。これからはそうして取り戻した8年分の記憶を教えてもらわなくてはならない。きっとそれは長くなるだろう。 END
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